ためらうよりも、早く。
何度も決心しても離れられなかったけれど、スパッと切れ味の良い状態で別れるべき。そう、今がその時だ。
情けない話だが、目の前で泣いて良かったと思う。色々なものが顕著になってくれたから。
さて、残る問題はひとつ。——相対する男が先ほどから一切の反応を見せないことである。
こちらが珍しく謝罪したのに、何も言わないつもり?ここで得意の軽口くらい叩きなさいよ……。
整った顔からは先ほどまでの笑顔も消え失せ、真っ黒な瞳がこちらを見下ろしているだけ。
「……ちょっと?何か言いなさいよ」
数分前の自らの失態は棚上げし、自称・いらちの女は眉根を寄せながら口にする。
この時が止まったかのような状態は予想外、……いや未曾有の事態であった。
決勝戦と勇んでマウンドに立ってみればまさかの無観客試合、という気分に等しいからだ。
「祐史!」
そんな落胆も重なり、容赦なく睨みを利かせて呼んだというのに、また無言。
形の良い口の端はいつものように上がる気配すらなく、その眦(まなじり)も色をなしていない。