ためらうよりも、早く。
すると、コンコンと扉の向こうからノックする音がした。私は姿勢を戻し、“どうぞ”とドア越しに返す。
一拍置いて、「失礼します」と言いひとりの女性が静かに部屋の中へと入って来る。
その手にはトレーを持っており、優しいお茶の香りまで引き連れてきた。
「柚希ディレクター、どうぞ」
彼女は穏やかに言うと、お気に入りのマグカップをデスク脇にあるコースターの上に置いてくれた。
ちなみに父は社長であり、実妹も勤務する環境から、周囲には名前プラス役職で呼ばれている。……正直、役職名はいらないけれど仕方ない。
「ありがとう。これは、……黒豆茶かしら?」
微笑んでお礼を告げた私はカップを手にし、まずはひと口飲んでみる。
麦茶に近い色をしたお茶は豆を煎ったような香りがして、ほんのり甘い味が口の中に広がった。
「はい、正解です。実家の母が旅先で購入したものなんですよ」
「やっぱり。すごく美味しいわ。お母さまにもありがとうって伝えて下さい」
「それは良かったです。お茶好きな方に楽しんで頂けて母も喜びます」
白のパンツ・スタイルにボブヘアと爽やかさ満点なこの女性は、私の秘書を務めてくれる水橋さんだ。