嫌われ者に恋をしました

「本当に違うんです。……私には隼人さんだけです」

 雪菜の目に浮かんだ涙は膨れ上がって、今にもこぼれてしまいそうだった。その潤んだ黒い瞳を見て隼人は正気に戻った。

「……ごめん」

 俺が大人げなかった。あんな意地悪を言ったりして。雪菜は今初めて自分から名前で呼んでくれた。きっと俺のために頑張ったんだろう。

 この人の背景にもう瀬川を見なくていいとわかっているのに、どうしても考えてしまう自分が、いい加減嫌になる。

 ジリジリと焼けつく太陽の熱と蝉の鳴き声にハッとして気がつくと、もうアパートの前まで来ていた。

 隼人は雪菜の手を引いて2階に駆け上がると鍵を開け、雪菜を引っぱり込むように部屋の中に入った。その頬には涙の筋が付いていて、自分で泣かせたくせに胸が痛くなった。

 扉を閉まるのと同時に、隼人は雪菜を胸の中に閉じ込めた。密着するとすごく暑かったがそんなことはどうでもよかった。

「ごめん、泣かせたりして。俺が悪かった」

「……信じてくれますか?」

「うん、信じてる。……でも雪菜は優し過ぎるよ。あいつのことなんかもう気にするなよ」

「……はい」

「別に瀬川を訴えようとしてるわけじゃない。あいつが何かしてこようとした時に、手持ちのカードとして持っておきたいだけだよ」

 隼人がそう言うと雪菜は隼人をじっと見上げた。

「なに?」

「た、頼もしいのです」

 早口でそう言うと、雪菜は照れたようにパッと胸に顔を埋めてしまった。

 これはまた、かわいらしい動き……。この人は照れると早口になって言い回しが変わる。
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