この思いを迷宮に捧ぐ
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「千砂」

奇妙な疲労感に戸惑いながら、楽屋の扉を叩いた千砂を、晁登が嬉しそうに出迎えた。


「今日は、よく観てくれた」

それだけのことで、そんなにも嬉しそうなのかと、千砂はびっくりする。

待って。今日は、私は自分でも揺れ動く感情に疲れたほどなのだから、顔にも出ていたんじゃないだろうか。

…晁登が、ヒロインに言い寄るシーンとか。


「何?顔が赤いけど」

無表情なままで頬だけ染める千砂に、晁登は思わず笑ってしまう。


「単純に、嬉しいだけだよ。君が楽しんでくれたなら、それだけで演じ手としては幸せだ」

彼のこの純真さに、私はどれほど気持ちが休まっていることか、彼自身は知っているだろうか。


俳優を生業としながらも、舞台を離れれば全く表情を繕うことのない晁登。初めから彼には、かなり気を許したのは、その性格によるのだろうと千砂は思う。


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