グッバイ・メロディー
「靴がたくさんあったけど、もしかしてお客さん……」
そこで言葉を止めた清枝ちゃんと、視線を上げたトシくんの目がばっちり合ったらしい。
清枝ちゃんが「あら」と声を上げるなり、座っていたトシくんがさっと立ち上がって頭を下げた。
とっさにこういう行動をできるところに、いつもどうにも育ちの良さを感じてしまう。
非の打ちどころのない“王子様”は、いったいどういうおうちで育ってきたんだろう。
きっと、穏やかなお父さまと優しいお母さまのあいだに生まれたに違いない。
そう、まさに“お父さま”と“お母さま”という感じのご両親で。
きょうだいはいるのかな。
こんなかっこいい弟がいたら鼻が高いだろうし、こんな優しいお兄ちゃんがいたらたくさん甘えちゃうと思うな。
本当に、トシくんのことってぜんぜん知らないや。
プライベートな部分を積極的に話してもくれないどころか、ほんのわずかでさえも見せてくれないの。
故意にそうしているのかすらわからないところがいちばん謎。
「はじめまして。皆川といいます。いつもお世話になっています」
ほんとに高校生なのってくらい完璧なスマイルと文言に、清枝ちゃんも一発でノックアウトされてしまったみたいだ。
「噂の『トシくん』ね! はじめまして、洸介の母です。こちらこそ息子がいつもお世話になりっぱなしで! ねえ!」
最後の問いかけはその息子にむけて言った。
だけど当の本人は返事をするどころか清枝ちゃんに目もくれず、他人事のような顔でずっとわたしの鼻先をつまんだりつついたりして遊んでいる。