グッバイ・メロディー


「いってきます」


例によって朝早く出かけていくらしい恋人に、いってらっしゃい、気をつけてね、と玄関先で告げる。

こうちゃんはとても悲しそうな目をしたまま、小さくうなずいた。


1か月前のクリスマスにわたしが贈った濃紺のマフラー。

そのむこうで、薄いくちびるがなにかを言いかけて、やめた。


そしてすぐにまわれ右をすると、ギターを背負った背中はドアのむこうに消えていったのだった。



きょうは夜までこうちゃんがいないし、家に帰っても特にすることもないので、パウンドケーキとシフォンケーキを立て続けに焼いた。


そのあいだにみちるちゃんとはなちゃんから連絡がきていた。

どこにいるの、という問いには体調不良のふりをして『ごめん、行けなくなった』と返信しておく。


焼きあがったケーキは、ふたつとも、ここ最近で最悪の出来だ。

本当にまずい。

甘すぎるし、べちゃべちゃだし、とても食べられたものじゃない。


それでもこうちゃんなら、こんなものをおいしいと言って、ぜんぶ食べてくれるのだろう。

こっちが心配になっちゃうくらいのスピードでぺろりと平らげてしまうのだろうな。


そう思ったらなぜか突然、奈落の底まで沈んでいくような自己嫌悪。


いきなりこうちゃんの香りが恋しくなって、いてもたってもいられなくなって、だけどどうしたらいいのかわからなくて、しっちゃかめっちゃかのキッチンを片付けることも忘れたまま、気付いたらすぐお隣のドアを叩いていた。

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