グッバイ・メロディー
「お疲れさま」
さっきと同じせりふをもういちど、だけどさっきより少しだけ力をこめて言った。
こうちゃんがくいっと顎を上げてわたしを見上げる。
この角度じゃ、二重顎までバレてしまう。
「ね、どうだった? きょうで全部の会社の人とひと通り話したんでしょう」
ドライヤーのスイッチを切って床に置き、こうちゃんのほっぺたを逆さまから両手で包みこんだ。
わたしと違って余分なお肉がついていない、シャープな形。
「だいたい目星ついた」
むにむにと顔をわたしの好きにされながら、疲れきった声が淡々と答える。
「目星?」
「もし音源出すならここがいいかなって。さっきまでちょっと4人で話してたんだけど、たぶん満場一致っぽい」
みんながいいなって思ったのは、インディーズレーベルのうちのひとつだって。
ほとんど直感だってこうちゃんは言ったけど、決め手はちゃんとあったみたい。
こうちゃんは長い腕を伸ばし、鞄から財布を引っぱり上げると、その中から1枚のカードのようなものを取り出した。
カードは正真正銘の名刺だった。
本物を間近で見たのははじめてだから手が震えてしまう。
ん、と渡されても、こんなの受け取れないよ。
“浅井さん”はあまいたまごやきに、ひとつだけ課題を与えたらしい。
『もし弊社からレコードを出す場合、2月末までに新曲を6つ用意していただくことを条件といたします。既存ではなくすべて新しい曲でアルバムを作製したいというのが、私共の意向でございます』
こんなふうに条件を提示してきたのはたった1社のみだったと、こうちゃんは言った。