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女子会をはじめよう

時計の針が、18時30分を指す頃、美桜の部屋のドアベルが鳴った。

玄関の扉を開けると、友人の藍子が、笑顔で立っていた。ハリ感のあるベージュのスプリングコートに身を包み、ワインと桜を手に持っていた。

「やほー!美桜ちん!!」
「藍子さん、いらっしゃいませ」

藍子は、美桜に、桜の枝を渡し、中に入った。

「これ、花屋さんで見つけたの。おみやげ」
「かわいい。さっそく生けますね」

美桜は、玄関にある収納スペースから、ガラスの花器を取り出し、藍子から受け取った桜の枝を生ける。

藍子は、ヒールの高いパンプスを脱ぎ、遠慮のひとつもなく、ずかずかと部屋へ入り、ワインを冷蔵庫に放り込み、コートを着たままソファーに寝そべった。

花器をダイニングテーブルの上に置き、美桜は藍子の顔をのぞき込んだ。

「お疲れですか?」
「うんにゃ。今日は予定のオペだけだったんだけど、美桜ちんとこ来るとついついね」
「コート、シワになっちゃいますから預かりますよ」
「はーい!」

藍子はもぞもぞとコートを脱ぎ、ポケットからスマートフォンを取り出すと美桜に預け、再び、ソファーに身を投げる。
美桜は、玄関に向かい、コートをハンガーにかけ、あの黒いカーディガンの横に、藍子のコート並べた。
彼のことが脳裏によぎるが、これから始まる藍子との女子会を楽しむべく、意識を切り替えた。

リビングに戻ると、藍子は寝転んだままスマートフォンを触っていた。

美桜は、キッチンに立ち、焼き上がった鰆の塩麹漬けをグリルから取り出し、皿に盛り付ける。
菜の花のすまし汁を椀に注ぎ、トレイの上に乗せ、リビングへ運ぶ。

「緊急のオペとかで、遅れて始まるのかと思ってました」
「美桜ちん。私は、いつまでも下っ端ではないのだよ」

藍子は、美桜が勤めていた病院で、乳腺外科医として働いている。専門領域だけではなく、外科全般の診療も担当している。
そのため、救急外来からまわされるオペは日常茶飯事であるため、この定期的な女子会の開始が遅れて始まることは、いつものことであった。

藍子は、ソファーから離れ、ダイニングチェアに腰掛けた。

「やっと後輩できたからね。外科志望の若い子少ないから、ありがたいわー」
「良かったですね!でも、後輩ができたってことは、誰か異動になったんですか?」
「うん」

藍子は、目の前にある作りたての夕食に、目を輝かせ、箸に手をつけようとした。

「藍子さん、手洗ってくださいね」
「へー、へー!3月末なのに遅れてインフルも流行ってるしね」

藍子は、そそくさと立ち上がり、洗面所に向かった。
その間に、美桜は、ご飯を盛り、冷蔵庫から、缶ビールと冷いておいたグラスを取り出し、テーブルにセッティングした。

ビールの次は、藍子が持ってきた白ワインを飲むことになるだろうと思い、棚からワイングラスを取り出し、冷蔵庫に収めた。

藍子は手を洗い終え、ニマニマと笑いながら、リビングに戻ってきた。

藍子が着席したことを確認し、美桜は、手を合わせた。
「うふふ!おまたせ」
「では、いただきましょうか」
「うん!」

藍子も手を合わせ、2人で「いただきます」をし、ビールで、乾杯をした。

「んー!このすまし汁美味しっ!菜の花の苦味とふんわりとした玉子が、最高ー!あ!鰆もおいしい~!」

藍子は、はしゃぎながら、美味しそうに、美桜が作った料理を食べてくれている。
それを眺めながら、美桜は、自然と笑顔になった。

「お口にあって良かったです。藍子さん、普段、ちゃんと食べてますか」
「相変わらず近くのお弁当屋さんとか、コンビニばっかりかなー。病院だと社食だし。疲れて帰って、料理する気にならないもん」

病院の勤務医は、外来診療、オペ、そして夜勤業務に日々追われ、時間を作ることは、難しい。
夜勤でない日も、担当患者に何かあれば病院へ行かなければならない。

藍子も、例に漏れず日々忙しく過ごしている。今日のように定時で帰れる日が、ひと月に3日あれば良い方であった。

「こうやって、美味しい家めしが、食べられるのって、幸せよねぇ!しかも、ひとりじゃないってのが、さらに美味しくさせるわ!」
「ひとりより、ふたりの方が美味しいですもんね」
「うん、うん。本当にそうだよね!」

美桜は、ビールのグラスに口をつけながら、藍子が持ってきた桜に目をやった。
可愛らしいピンクの花びらが食卓を彩ってくれている。蕾も多く、数日楽しめるだろう。

藍子のグラスが、空になったのを確認し、美桜は立ち上がった。

「藍子さん、ワインにしますか」
「そだねー。あさりの酒蒸しあるし、ワイン開けよ!」

美桜と、藍子の女子会はこうして賑やかに幕を開けた。

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