いつもので。
「否定しないのか?」
「…否定しても口で勝てなさそうです」
口数が多いわけでもないけど、言葉が的確というか無駄がないせいか…わたしが単にとろいだけかもだけど、口で勝てる気がしない。
「まあ、そうだろうな。だが、違うことは違うと言った方がいい」
口で勝つ自信があるらしい彼は余裕のある表情でわたしをその瞳に映す。
「…百面相してないです」
「おまえ、素直だな」
掴まれたままだった手首が離されて、代わりに手がつながれた。
「バカにしてますよね」
つながった手を見て、どきどきして、でも出た声はかわいいものではなくて
「いや、褒めてる」
単純なわたしは褒められた気になってしまう。
それがまた顔に出ていて、見られていると気づけない。
そんな気づけないわたしを見て、彼は満足そうに笑んだことをわたしは知らない。
マンションに着いてエレベーターに乗っても手は離れなくて、密室で手をつないでいることにとても緊張した。
早く目的の階に着いてって誰にともなく願った。
ずっと俯いていたから、何階に止まったのかもわからない。
ただ手をひかれて、目的の部屋のドアの前まで辿り着いただけだ。
「さっきも言ったけど、いきなり手を出すことはないからそんなに緊張するな」
ドアを押さえてくれて、わたしに中に入るよう促す。
緊張しているのがわかっているのなら、場所を変えてくれたらよかったのに…
「…おじゃまします」
一人暮らしにしては広い部屋だと思った。
間取りまではわかんないけど、ワンルームではない。
「その辺座ってろ。なにか飲むか?」
「いえ、お構いなく」
緊張してるせいかのどは渇くけど、飲む余裕がない。
「…紅茶、コーヒー、水だったらどれがいい」
余裕のなさが伝わっていないのか選択肢をつけて言われて、首を横に振ろうとしたけど、見下ろされる姿勢だとそれがなぜかできない。
というか、逆らえないだけかもしれない。
「水で、お願いします」
今の気分ならまだ水がいいと思う。
それにコーヒーは苦くて好きじゃない。
「わかった」
彼は脱いだ上着を無造作にソファーに置くとキッチンに行ったみたい。