不機嫌主任の溺愛宣言

物産展の打ち合わせは来週のはずだった。わざわざ今日、梓がここに来る意味が分からず、忠臣は不穏に構えてしまう。しかし、それを察していたかのように梓は煙草の火を消すと、忠臣に向かって縁取りの濃い瞳を向けた。

「上司に向かってそんなに怖い顔しないでちょうだい。単に来週の打ち合わせの前に下見に来ただけよ」

冗談めかし口角を上げて言った梓の言葉に、忠臣は自分の表情がいつにも増して厳しくなっていた事に気付く。「すみません」と目を伏せてから、忠臣は気まずそうにスクェアフレームを直した。

「地下を見てきたわ。盛況なようで何よりね」

目を通し終えたのか、ノートパソコンをパタンと閉じながら梓が話し掛ける。それに「おかげさまで」と忠臣が軽く頭を下げて返すと、梓は2本目の煙草をヴィトンのシガレットケースから取り出しながら話を続けた。

「【Puff&Puff】も相変わらずね。長蛇の列が出来ていたわ」

その店名が出た事に忠臣がどう反応するか、梓の目が伺うが彼は表情筋ひとつ動かす事はなかった。けれどそんな部下の冷静さが彼女には面白くない。

「今度の物産展もまた【Puff&Puff】を出店させるんでしょう?期待してるわよ」

そうして細い煙草に火をつけ、フーとメンソールの煙を吐き出してから「けど」と続ける。

「貴方の可愛い子猫ちゃんに言っておきなさい。ひとりひとりの接客に時間を掛け過ぎだって。デパ地下は呑気な商店街とは違うのよ。それとも、アイドル気取りで買いに来てくれたお客様にファンサービスのつもりなのかしら?」

その梓の言葉は、忠臣のもっとも蔑むべき汚さに溢れていた。上司である彼女は、加賀の一件で忠臣と一華が付き合っている事を把握している。けれど、それはあくまでプライベートな話だ。なのにその事をわざわざ揶揄するために持ち出し、しかも一華の行動を卑しく例え批難した。

そのいやらしい行為に、忠臣は嫌悪で眉間に皺を刻む。梓が自分をあまり良い部下だと思ってない事は知っていたが、一華まで巻き添えになるのは耐えられない。

しかしこの男。本来自分の感情の手綱を取ることには長けているのだ。一華が相手だとからっきしだが。
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