不機嫌主任の溺愛宣言

「おはようございます」

一華とあゆみがすれ違いざまに頭を下げれば

「ああ、おはよう」

「おはようございます。今日も頑張って下さい」

いつもと変わらぬ様子で、忠臣と右近も挨拶を返す。なにげない場面だが、それが一華と忠臣には密かにくすぐったい。なんてったって数時間前までは愛し合っていた相手なのだから。ついでにふたりの関係を知っている右近もなんだかこちょばゆい気がして口角がムズムズする。

けれど、そこまでは良かった。問題はもうひとり、穏やかでない感情を抱えた人間がいる事だった。

忠臣と右近が廊下の角を曲がり姿が見えなくなった所で、一華の腕をあゆみがツンツンと突っつく。何かと振り向いて見れば、あゆみは視線を忠臣たちが去った方角に向けたまま「ねえ、姫崎さん」と話しかけてきた。

「あのね、実は姫崎さんにお願いがあるの」

「お願い?」

突如そんな事を言い出したあゆみの頬が、妙に赤く染まっていることが一華には気になる。

あゆみは視線を改めて一華の方へ向けると、大げさに顔の前で手を合わせ頭を下げた。

「姫崎さん!今度の物産展、私にブースの売り場を担当させて欲しいの!」

あゆみの発した“おねがい”に、一華は少しキョトンとしてしまう。前回の物産展に於いて【Puff&Puff】はいつもの店舗の他に、物産展スペースにも別ブースを設けた。イベントの渦中のブースは当然並々ならぬ忙しさであり、前回は手際の良さから一華がそこの担当を任された。そして来月も、ブースの担当は一華に決まっていたのだが……

あゆみは下げていた頭を戻すと、捨て犬のような同情を引く目で一華を見つめ、おずおずと口を開いた。

「実はね……私、前園主任のことが好きなの。物産展のブース販売は花形でしょ。そこで頑張ってる姿を見せれば、主任も少しは私のこと気にかけてくれるかなぁって……」
 
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