不機嫌主任の溺愛宣言

「……なるほどな、なかなか優秀だ」

忙しくなってくると人は言葉や表情にどこか焦りを滲ませるものだが、一華にはそれがない。長時間並んだ後に急かされる様な接客をされると、客は満足感より徒労感が勝ってしまう。しっかりと向き合う一華の接客は、きっと客に「いい買い物をした」という充足を与えるだろう。

【Puff&Puff】のカウンター内でテキパキと働く一華を遠目に眺めていた忠臣は、思っていた以上に仕事熱心な彼女の姿にひとしきり感心してから大勢の客で賑わう地下を後にした。


※※※


事務所へ戻ると忠臣に来客が待っていた。

「前園さん、どーもお」

そうヘラリと挨拶をした四十がらみの愛想のいい男は、派遣会社の担当者、加賀。デパ地下に入ってる店舗の幾つかはこの派遣会社に人材を委託している。【Puff&Puff】もそのひとつだった。

「来週から【豆腐小町】と【マカロン本舗】にうちからの人材入れさせてもらうんで、ご挨拶に来ましたあ」

そう言って加賀は書類の封筒をカバンから取り出した。忠臣はそれを受け取りながら、四十にもなって間延びした喋り方をする男に軽くイラつく。

「いやあ、地下見てから来ましたけど今日も繁盛してますねえ。さすが福見屋さんだなあ。あ、今度来る子ね、販売歴長い子なんですよ。福見屋デパ地下に相応しい優秀な販売員になりますよお」

その新しい販売員の登録書に目を通し極力加賀の声を耳に入れないようにしていたが、“優秀”のキーワードでふとさっきの一華を思い出し、忠臣は言葉を零した。

「優秀と言えば……【Puff&Puff】の姫崎。あれはよく働いているな」
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