冬夏恋語り
部屋に入る前に用意したシナリオはもはや役に立たない。
頭の中のセリフを書き直し、再度シナリオを作った。
「指輪、ここにある?」
「指輪って、婚約指輪ですか? ありますけど……」
急に何を言い出すのかと思ったのだろう、彼女は怪訝そうに首をかしげた。
「持ってきて」
強い口調に促されて立ち上がった恋ちゃんは、棚の引き出しから出した箱をコタツの上に置いた。
卓上コンロと土鍋と空っぽになったビール缶のそばに、仰々しい箱が並ぶさまはどこか滑稽だ。
「指輪を貴之さんのご両親に返しにいこう」
「えっ?」
「この指輪を持ってる限り、恋ちゃんは前に進めないよ。
足枷にしかならないのに、誰のために頑張るつもり?
婚約指輪に縛られる人生なんて、そんなのおかしいだろう。
この辺でケリをつけよう。さっき俺に話してくれたことを貴之さんの両親にも話して、指輪を返してスッキリしようよ」
しがらみにとらわれて足踏みしている恋ちゃんのために俺ができることは、新しい一歩を踏み出すために背中に手を添えること。
凝り固まった心をほぐして、気持ちを自由にさせてやりたい。
そのために彼女の力になるんだ、これは俺の使命だと意気込んだ。
「ちょっと待ってください」
突然こんなことを言われたら、誰だって戸惑うだろう。
「待ってください」 と言うのは、気持ちが追いつかないからだ。
けれど、勢いで片付けたほうが良い結果を生むこともある。
恋ちゃんの後ろ向きな気持ちを前へ向かせるために、さらに押した。
「俺が一緒に行くから。そして、彼の両親にも話をつける」
「西垣さんが一緒に? どうして」
「どうしてって、恋ちゃんがひとりで行ったら、またうやむやにされてしまう。
だから俺も一緒に行くよ。交渉人だと思ってもらえればいいよ」
「言いたいことはわかります。
でも、西垣さんは関係ないのに、そんなことしてもらえません。
自分のことは自分で何とかします」
それまで涙をにじませうつむいていた顔が、俺を見据えて断りの言葉を伝えてきた。
何とかしますと言い切った顔は、きりっと引き締まっていた。
だが、ここでひるんでなるものか、なんとしても彼女を説得する。
「関係ないって言うけど、さっき、あのおばさんを追い返したのは俺だ。
もう十分に関わってるよ。いまさら関係ないなんて言わせない」
「西垣さんを巻き込んでしまったのは、悪いと思ってます。
これ以上迷惑はかけられません。彼の家には、私一人で行きます」
「迷惑なんて思ってない、俺がそうしたいんだ。
一人で行ったら、またあれこれ言われて、受け取ってもらえないよ。
意地を張っても得にはならない。交渉事を上手くすすめるには……」
「勝手に決めないで!」
全部を言う前に発せられた恋ちゃんの言葉にハッとした。
「はぁ……まただ、俺はどうしてこうなんだ……」
「西垣さん?」
彼女のためにとの思い込みで、自分の考えを押し付けた。
一年前にもこんなことがあった。
こうした方がいい、こうするべきだと自分の思いを主張して、深雪に息苦しい思いをさせたというのに、同じ過ちをなぜ繰り返してしまうのか。
自分の言動が情けなくて、頭をかきむしりたい……
「……余計な口出しだった、ごめん」
今度は俺がうなだれる番だった。
恋ちゃんのためにと思うあまり、気持ちが先走った。
力になるどころか、彼女に嫌な思いをさせてしまったようだ。
「そんなことないです」
「えっ?」
「私のために、そこまで考えてくれて、嬉しかった」
「本当にそう思ってくれる?」
「思います。西垣さんって、案外熱血なんですね。すごく熱くなってた」
「否定はしないよ、そのとおりだから」
「ありがとうございます。その気持ちだけで十分だから」
キャットタワーで遊んでいたミューが膝に乗ってきた。
俺を顔を見上げて、何か言いたげにしている。
ミューに 「頑張れ」 と言われた気がした。
猫の言葉なんてわかるはずもないが、なぜだかそう思えた。
思いを押し付けるのではなく、彼女にもわかってもらいたい。
納得してもらえるよう、もう一度話そう。