冬夏恋語り


コンコンとガラスを叩く音に目が覚めた。

ここはどこ? 

駐車場に停めた車の中で寝ていたのだと思い出したのは、窓の外に会社の守衛さんの顔が見えたためで、慌てて体を起こした。

「車の移動をお願いします、施錠の時刻ですので」 と、守衛さんは私の肩向こうへ声を向けた。

慌てて振り返ると、助手席には東川さんがいて、眠そうな目をしていた。



「あっ、すみません。すぐ出ます」


「こんなところで……困りますね」


「えっ、はい……」



咳払いをした守衛さんは、くるりと向きを変えて車から離れていった。

二人のやり取りを、私はドキドキしながら聞いていた。

あの守衛さんは、私たちが車で親密に過ごしていたと思ったに違いない。

絶対誤解している。

どうしようと言う思いと、どうしてここにいるの? と問うように助手席の東川さんを見つめた。



「仕事、早く終ったんで、もしかしたらと思って来たら、深雪さん、まだ寝てて……

声をかけても起きないので。

でも、このまま深雪さんを残して帰るのはどうかと思って」


「私、熟睡してたんですね」


「俺が車に乗っても起きなくて、ぐっすりでした。

小野寺社長にはもうじき帰りますと連絡して、それから少し待ってたんですけど、俺もいつの間にか寝ちゃって」



そこで、いま何時かと気になり、携帯で時間を確認して飛び上がるほど驚いた。



「10時よ! 2時間も寝ちゃったのね……あっ!」



再び携帯を確認すると着信が数件、すべて家からだった。

すぐにでも電話をして、心配している両親を安心させたほうがいいと思うのだが、

父の怒り顔が頭をよぎり、電話の手が躊躇する。



「小野寺社長、心配してますね。俺、一緒に行って事情を説明します」


「いいえ、東川さんに迷惑はかけられません」


「俺も不注意でしたから、社長に話をさせてください」


「でも……」


「それより、早く電話したほうがいいですよ。

もうすぐ帰りますって電話したのに帰ってこないから、絶対心配してますって」



うなずき、父ではなく母の携帯に連絡して 「これから帰ります」 とだけ伝えた。

電話の向こう側から、父の大声が聞こえてきた。




「うわぁ、怒ってましたね、社長」


「声、おっきいから。ごめんなさいね」


「そんなことないです。なんか、今日は謝ってばかりですね」



見合わせた顔はどちらも苦笑いで、そしてため息がでた。


俺が運転しますといってくれた東川さんと席を替わり、私は助手席で帰宅後の言い訳を考えるが、どう考えても父の説教は避けられないようだ。

怒られるの覚悟してくださいね、と運転中の彼に言うと、「そのつもりです」 と真面目な返事があった。



「遅くなったことを謝って、どうして遅くなったのか話すだけです。

大丈夫、わかってもらえます」


「そうかしら……」


「小野寺社長は、話せばわかる方です」



大丈夫と言い切る東川さんの言葉を聞いていると、なんだか上手くいきそうな気がしてきた。





今夜も、玄関前に父の仁王立ちがあった。

2日続けて目にしたが、今夜はさらに迫力があった。

私が口を開くより、東川さんのほうが早かった。



「遅くなりました。すみません」


「遅くなった理由を聞こうか。電話から2時間もたっているが、どうしてだ」


「僕も深雪さんも寝不足で運転は危ないと思ったので、車の中で仮眠をとってました」


「仮眠だ? 車の中でか」


「はい、ふたりで寝てました」


「寝たって、おい、なにしたって、そういうことか!」


「はっ?」




なにしたって……なんてことを言い出すのか。

東川さんは、大慌てで否定している。

父は守衛さんと同じ誤解をしている。

前途多難……

父のとんでもない誤解に、めまいがしてきた。




「寝たには寝ましたが、ただ寝ただけです」


「ぬけぬけと寝たとは。おい、東川、どういうつもりだ!」


「あなた、落ち着いて。家に入って話しましょう」


「落ち着いてなどいられるか」



東川さんと父の間に入った母は、ことさら小さな声で諭すように言葉にした。



「あなたの声は近所迷惑だと言っているんです。

深雪に変な噂でも立ったらどうするんですか」


「だっ、だからコイツを……おい、待て」




大きな声で言い返すより、静かな声のほうが父には効果的らしい。

言われて口ごもる父を横目に、母に腕をつかまれた私と東川さんは、家の中へと連れて行か

れた。


< 12 / 158 >

この作品をシェア

pagetop