冬夏恋語り


夏の夕暮れどき、西の空は紅くきれいな色に染まっている。

助手席に東川さんを乗せて、暗くなりかけた道を走っていた。

「車で送ります」 と男性に言ったのもはじめてなら、「話の続きは次にしましょう。また誘ってください」 と次の約束を催促するような言葉を口にしたのもはじめてだった。

男性に積極的に声をかけたことなどなかったのに、東川さんには年下の気安さから、

意識してお姉さんぶってみたくなるのだった。



「仕事の呼び出しとか、よくあるの?」


「たまにありますね」


「デートの途中だったら、彼女さん、置いていっちゃうの?」


「そうなりますね」



彼女は同じ会社の子だから、そのへんの事情はわかってくれているということだった。

社内恋愛なんだね、と聞くともなしに口にすると 「ですね」 と返ってきた。



「夏祭りで一緒いたのに会えなかったな。浴衣着てたんでしょう? 彼女さん、いくつ?」


「俺より4つ下です。浴衣でしたけど、着せてもらったって言ってました」


「うわっ、私と8歳違い。若いわね」



着付けができなくても、誰かに手伝ってもらって浴衣を着てくるだけで、彼は嬉しいはずだ。

彼女の浴衣姿はさぞ可愛かったことだろう。

8歳も下の女の子と張り合う気はないが、昨夜会わなくて良かったと心底思った。



「俺のことはいいです。深雪さんの彼氏さん、浴衣がさまになってましたね。

着慣れてるって感じがしたけど」


「仕事で知り合いになった人の影響ですって。

ケンさんっていうおじいさんが、夏も冬も部屋着は着物で、それが粋でカッコイイって。

ケンさんに刺激されて彼も年中着物を着てるみたいだから、着慣れてるのかも」


「着てるみたいって、深雪さんは見たことないんですか?」


「彼、仕事で地方に暮らしてるの」



研究者の卵みたいな仕事をしていて、年中地方へ出掛けているのだと話すと、遠距離ですかと気の毒がられた。

たまに会えるからいいのよ、とわかったようなことを口にするのも、東川さんの前では余裕の大人の女でいたいから。

助手席から 「そんなもんですか」 と感想がもれてきた。


月に一度、仕事で顔を合わせるだけの私たちは、プライベートの話などしたことはない。

もっとも、男性に対して必要以上に身構えてしまう私は、仕事で男性に接しても気軽な会話を楽しむことなどできなくて、聞かれたら答える程度の会話にとどまっていた。

東川さんが相手だから、世間話のように気取らず会話が成り立つのかもしれないが、今日の私はおしゃべりだ。


ほどなく会社に着き、彼を降ろして、そのまま帰るつもりでいたら、



「仮眠してから運転したほうがいいですよ。

ここの駐車場は部外者は入ってこないから、少し寝てください。

ほとんど徹夜なのに車の運転って、ホント無茶ですよ」


「エスプレッソを飲んだから、大丈夫」


「過信は禁物です。15分寝ると違います。目を閉じるだけでも体が休まりますから」



言葉は丁寧だが私に言い含めるように念を押したのち、ありがとうございましたと元気な挨拶を残して、彼は仕事先に行った。


そうね、あんまり眠くないけど、寝た方がいいかな……

すっかり日は暮れ空は暗くなっていたが、駐車場の灯りがほどよい明るさを保っていた。

窓を三分の一ほどあけ、シートベルトをはずしてシートを少し倒した。

昼の熱気も落ち着いたのか、夏の夜の涼しい風が窓から入ってくる。

目覚ましのアラームをセットしたほうがいいだろうかと思ったが、動くのが億劫でそのまま目を閉じた。

眠くないと思っていたのに、私はいつの間にか眠っていた。



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