冬夏恋語り


彼女の誕生日は明日であるとわかったのは、つい最近だった。

もっと早く知っていたなら、帰省の日程を遅らせたのにとぼやく俺へ 『誕生日前夜祭でもいいですよ』 と彼女が言ってくれたおかげで、今日祝うことができた。



「親父も兄貴も好きだから喜ぶだろうけど、持って帰るの面倒だな。

箱入りならまだしも、紙袋だからぶつかったら破損するかも。割れたら始末に困るよ」



年末の駅はすごい混みようだからね、袋が破れるかもしれない……そう話しながら、苦い記憶がよみがえっていた。

商店街で行き違った人にあたって酒の瓶が割れた、だから買い直したと言う深雪の話を信用しなかった俺は、その後ひどく後悔した。



「風呂敷に包んで持ったらいいですよ」


「風呂敷? あの薄い布の?」


「そう。持ちやすいし、見た目もいいの。ちょっと待ってくださいね」



風呂敷は、年配のおじさんが荷物を包んで持つイメージだ。

地方にいた頃、公民館の集まりには、みな風呂敷を下げてやってきた。

確かに便利なものだが、”見た目もいい” には程遠い気がする。

紙袋よりもろいのではないか、布一枚でどうなるんだと思っていた俺は、恋ちゃんの手によって包まれたワインに驚かされた。

2本のワインが1枚の風呂敷に包まれていく様子は、美しい折り紙を見ているようだ。

仕上げに持ち手を結んだあと、風呂敷包みを渡された。



「持ちやすい、すごいよ。こんなことができるんだ」


「でしょう? 風呂敷って万能なんですよ。日本の様式美って、すごいと思いません?」


「うん、すごい……」



ワインは緩衝剤に包まれているため、多少のことでは割れたりしないのだと説明され、なるほどと納得した。

それから風呂敷で包む技を見せてくれた。

なんでも包めますという恋ちゃんへ、挑戦するようにいろんなものを渡す。

丸いもの、四角いもの、デコボコした物、それらをすべて包んでしまう恋ちゃんの手はマジシャンのようだ。

割れた酒瓶の苦い思い出は、いつしか消えていた。



冬の朝の淡い光が、障子越しに感じられる。

出発までまだ時間がある、それまでぬくもりを感じていたい。

素肌が触れ合う温かさは、ひとりでは味わえないものだ。

布団の上にやってくる2匹の猫の重みにも慣れた。


初めて彼女の素肌に触れたのは、南田家に指輪を返しに行った日の翌朝だった。

もうずっと前からそうしたかったのに、感情に流されることはなかった。

俺も恋ちゃんも、指輪の存在が互いの気持ちにストップをかけていた。

朝日の差し込む部屋で、恥じらいながら熱い息をもらし、やがて甘い声を放ち俺にしがみついてきた。

彼女の心が解放されたのだと、その姿が語っていた。

俺もそうなりたいと思った。

気持ちが決まると行動は早い。

躊躇うこともなく、後悔も心残りもなく、あっさり指輪を手放した。

眩しそうに目をあけた彼女の頬を両手で包み、目を合わせた。



「誕生日おめでとう」


「とうとう30歳になっちゃった……」



はにかむ顔に近づき、深く長く、いつくしむように、飽きることなくキスを重ねた。

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