冬夏恋語り
「脅すとか、そんなことしてないし……先生に教えてあげただけなのに。
あっ、あかちゃんの顔って、男か女かよくわかんないから間違えたの。
間違えたら悪い?」
「いいえ、間違いは誰にもあるものよ、勘違いもある。
ミズキくんのパパが西垣先生というのも、あなたの勘違いかな?」
「勘違いじゃない……だって」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、北条愛華の声は弱く、けれど言い返すのをやめようとしない。
「だって、なに?」
「おじいちゃんが言ってたから、だから」
「あぁ、やっぱり。愛華さん、おじいさんから話を聞いただけなんだ。
本当は、深雪さんの赤ちゃんに会ったこと、ないんでしょう?」
「そうよ、それがなによ!」
言い返しながら足を踏み出し、恋雪を睨みつける。
けれど、睨まれた恋雪は平然としていた。
「会ってもいないのに、赤ちゃんの顔が西垣先生に似てるか、似ていないか、わからないじゃない。
それとも、おじいさんが言ったの?」
「言ってないけど……深雪お姉ちゃん、結婚して9カ月で子どもが生まれたから、計算が合わないって言ってた。
きっと、西垣先生が父親だって」
えっ……9ヶ月で子どもが生まれたって?
ということは、深雪が産んだ子は俺の子?
頭がぐるぐる回ってめまいがしてきた。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、気持ちを立て直すために息を整える。
俺の横で、恋雪が大きなため息をついた。
目の前で事実を知らされたのだ、ショックを受けたのだろう。
いや、俺に愛想を尽かしたのかもしれない。
そう思っていると、
「ふぅ……あのね、9カ月で生れても全然おかしくないのよ。
赤ちゃんが生まれるまで10月10日というけれど、それは昔の暦の数え方。
あなたも当然知ってるでしょう?」
えっ、10ヶ月じゃないって?
それなら、俺の子どもではない。
そもそも、別れる前はそういうこともなかったのだから、子どもができるはずもないのだ。
「深雪さん、妊娠に気がついて、すぐ相手の方と結婚したんだと思う。
それとも、深雪さんは西垣先生と旦那さん、結婚直前まで両方の男性と付き合っていたのかな」
恋雪は、北条愛華を問いただすように見据えてから、確認するような目で俺を見上げた。
その顔へ、力いっぱい首を振って否定した。
「それはない、絶対ない。そんなこと、できるか」
「西垣さん、そんな人じゃないこと、わかってますから。
私、信じてたから」
信じてたから……
恋雪の言葉が、胸にジンと染みてくる。
「俺は誰に何を言われてもかまわない、恋雪が信じてくれればいい。
その上で言わせてもらう、深雪とは別れてから会ってない」
俺の言葉に無言でうなずいた恋雪は、ふたたび北条愛華を見据えた。
「だそうよ。愛華さん、あなたのウソ、ばれてるけど?」
恋雪の口元には余裕の笑みが浮かび、一方、北条愛華は悔しさと怒りで顔が真っ赤になっている。
「なによ……風呂敷とか、古臭いもの持ち出して、先生の気をひいて、講師とかして……
風呂敷がワインバッグよりおしゃれだって? 笑える。
ばっかみたい、全然おしゃれじゃないし、ダサいし、使いたくもない。
『麻生漆器店』 、あたしが先生に紹介してあげたのに、こんなひどいことってある?
アイカって呼んでって頼んだのに、あたしにはダメだって言って、この人は名前で呼ぶの?
彼女だからって、大学とかこないでよ。アンタなんか目障りなんだから!」
逆切れとはこう言うことだ。
北条愛華の言葉は支離滅裂で、ウソを認めるどころか恋雪を攻撃している。