冬夏恋語り


『恋雪食堂』 の献立に春を感じるようになった頃、『麻生漆器店』 にさまざまな変化が見え始めた。

「菜の花の辛子和え」 のわずかな苦みに春を感じながら、二膳目のおかわりを差し出した俺へ、恋雪はこう切り出した。



「最近、お客さんが増えてるの。どうしてだろう」


「出張講座を聴いた学生かな? 麻生先生の店に行きましたって話、何人も聞いたよ」


「学生さんもいるけど、大人のお客様が多いの。学生さんの家族だけじゃないと思うけど」


「年配の人?」


「年配の方もいるし、私たちくらいの年代の方もいるかな。

漆器なんて、そんなに売れるものではないのよ。

なのに、このところ、お祝いや贈り物や慶事のお返しとか、みなさん、まとめて注文してくださるの。

ありがたいけれど、こんなに繁盛しちゃって、急にどうしちゃったんだろう」



俺の折敷 (おしき) に茶碗を置きながら、恋雪は首をかしげた。

以前は布のマットだったが、『恋雪食堂』 をはじめてから食卓に折敷が登場するようになった。

田舎暮らしを経験した俺の影響だと彼女は言うが、折敷はふたりの再会のきっかけにもなった物だ。

思い入れのある道具として使ってくれることが嬉しい。



「ホームページを見た人が店に来るとか?」


「多少はそうかもしれないけれど、お客様がみなホームページを見ていらっしゃるとは思えない」



早掘りの竹の子とワカメと魚卵を煮含めた煮物鉢に箸を伸ばしながら、そうだよな……と返してから魚卵を口に放り込んだ。



「うまい! 春の味覚、最高だよ」



海の物と陸の物の旬の素材がからみあい、絶妙な味を作り出している。

女に胃袋をつかまれたら逃げられないそうだが、逃げるどころか、俺は彼女を捕まえておきたい。

恋雪の料理の虜になっていると言ってもいい。

美味しいと伝えることが、作ってくれた人への最大の感謝だと思っているが、今は言うタイミングではなかったようだ。



「食べてばっかり。私の話も聞いてほしいのに」


「聞いてるよ。ホームページの構成、翔太君がやったんだってね。

彼、そういうの得意だね。『麻生漆器店』 のロゴも彼がデザインしたんだろう?

ウチの学生が感心してた。ウチの大学に進学するように、先生からも勧めてくださいって頼まれたよ」


「翔太、そのつもりみたい。アイカちゃんがいるんだもの」


「へぇ、一途だね」



北条愛華が年上キラーの翔太君を気に入ったのか、その逆かわからないが、ふたりが好意を寄せあっているのは周囲の目にも明らかだ。

少し前まで俺を追いかけていたのに、女の子の気持ちは移ろいやすい。

深雪も、俺と別れてまもなく、あの男と結婚した。

そう言えば、あっちの彼も年下だったな。

そんなことはどうでもいい。

『麻生漆器店』 の繁盛ぶりについて、心当たりは……



「あっ……」



考えながらも魚卵の食感を楽しんでいたが、あることに思い当たり小さく叫んだ。

俺の口の端からぽろっと飛び出した卵を、恋雪の指先がすくい取る。

「武士さん、お行儀悪い」 と言いながら、その指先を自分の口に入れた。

指先を唇に押し込む仕草はどこかなまめかしい。

本人は意図してそうしているようでもないのだが。



「どうしたの?」


「北条さんかもしれない」


「アイカちゃんが、なに?」


「マーケティング論の授業で、市場調査をしたとか言ってたな。

あの子、知り合いの数が半端じゃないんだよ、友達の友達にも声をかけて協力してもらったらしい。

一般の人にホームページの出来を見てもらって、改善点をあげていくんだ。

多方面から意見が聞けるから、とても参考になる」



彼女の性格は決して穏やかではない。

活発で、活動的で、誰にでも気軽に声をかける。

気が強く、ぶつかることもあるが仲良くなれば頼もしい。

恋雪も仲良くなったひとりだ。

「あの子」 と言っていたのに、今では 「アイカちゃん」 と親しく呼んでいる。

好意を持ってくれていたらしい俺には、まだ少し距離を置いている北条愛華だが。



「ウチのお店のホームページも、検証対象に?」


「そうじゃないかと思う。

サイトを見た人は、漆器に興味はなくても、どんな店かと思うだろう?

ちょっと待って……」



タブレットを取り出し 『麻生漆器店』 のHPをひらき、カウンターを確認した。

閲覧数が相当な数字になっている。



「彼女、アルバイトに応募してきたの」


「北条さんが?」


「手伝いをしながら、いろんなことを覚えたいんだって

風呂敷とか、カッコ悪いなんて言ってのに、興味を持ってくれたのかな」



出張講座のあとの口論で、恋雪へ 「風呂敷なんてダサくて」 と言った北条愛華だ。

変れば変るものだ。



「アルバイトを雇うほど、忙しいのか。すごいね」


「いまは、まだそうでもないけど……矢部さん、転勤だって」



唐突に、恋雪から矢部さんの名前が出てきた。

にわかに 『麻生漆器店』 の常連になった矢部さんは、愛華さんに言い寄っている。

愛華さんも満更でもなさそうだが、矢部さんが転勤になったら交際に発展しないのではないか。

しかし、そのこととアルバイトとどんな関係があるのだろう、さっぱりわからない。



「愛ちゃん、矢部さんと結婚するかもしれないから」


「えぇっ!」



驚きすぎて、箸ではさんだ筍を膝に落とした。

ぴょんと膝に飛び乗ったミューが、すかさずそれをくわえて立ち去った。

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