冬夏恋語り


翌日、『麻生漆器店』 の繁盛ぶりを見に出かけた。

一時は連日のように通い詰めたが、『恋雪食堂』 へ足が向く方が多くなり、このごろご無沙汰している。

以前はなかった大きな暖簾をくぐって店に入ると、数人が店内にいた。

なるほど平日にしては客が多い。

接客中の愛華さんと恋雪へ軽く合図をして、店の奥、スクリーンで仕切られた一角へと向かう。

顔なじみの三人へ、お久しぶりです……と挨拶をして、友の会特別会員席のソファに座った。



「まったく、恋ちゃんちにばかり出入りして、こっちには顔も見せないんだからさ。

タケちゃん、付き合い悪いよ」


「はぁ、すみません」


「で、どうなってるの? 恋ちゃんと」


「まぁ、順調にやってます」



ミヤさんとヨネさんに、立て続けに言われ神妙に返事をした。



「アンタが顔を見せない間、いろいろあったんだよ。

愛ちゃんのこと、聞いたかい?」


「矢部さんと結婚話が進んでいるそうですね」


「決まったらしいよ」


「えっ、結婚するんですか」



そうなるかもしれないとは聞いたが、決まったとは驚きだ。



「うん、めでたいが、寂しくなるねぇ」



寂しくなるね……とは、矢部さんの転勤についていくということか。

『麻生漆器店』 に愛華さんの姿が見えなくなる日も近い。

寂しいと思うよりショックだった。

麻生姉妹がいてこそ、この店があるのに。



「自分でも驚いてるんですよ。まさか、この家から出るなんて、そんなことないと思ってましたから」



背後からの声に振り向くと、赤ちゃんを抱いた愛華さんが立っていた。

いつの間に子どもが生れたんだ? と一瞬思った俺は、相当に動揺している。

子ども連れの客がおり、商品を選ぶ間、子どもを預かったそうだ。



「お茶もお出しできずにすみません」



こっちは気にしなくていいよ、勝手にやってるからと、ハルさんらしい声掛けがあり、愛華さんは子どもを抱いたまま俺の隣に腰を降ろした。

子どもの目にじっと見つめられ、どうしてよいかわからず困った顔をした俺とは違って、さすが子育て経験者、あやす手つきは慣れたものだ。



「結婚を前提にお付き合いをしてくださいと、矢部さんに言われていたの。

ゆっくり考えてくださいと言ってくださったから、そうしていたら、矢部さん転勤ですって。

いつかご自分の事務所を持つつもりで、そのときはこちらに帰ってくるけれど、しばらくは向うで暮らすことになりましたと言われて。

それで、私も急いでお返事をして、ウチの両親にも挨拶にいらして、トントントンって、決まっちゃったのよ」



決まるときはこんなものねと、他人事のような口ぶりだ。

愛華さんは、いまだ別れた夫、久光さんへ未練があるような気がしていたのだが、俺の思い違いだったのか。

息子の龍太君も賛成したのか?

高校生の彼にとって転校は大問題だろう。

それから、矢部さんの子どもと兄弟になることも考えなければならない。

母親の結婚で生活環境が大きく変わるのだ、いくら急とはいえ急ぎすぎではないのか。

弾みと勢いで結婚を決めたような愛華さんが心配になった。

ウチの息子たちもそうだった、勢いってあるよなと、ご隠居さんたちが子供たちの結婚話をしているすきに、愛華さんの袖を引いて耳を寄せた。



「こんなに急に決めて、大丈夫ですか?」


「迷う暇もなかったの。矢部さんが手際よく進めてくるから、言われるまま従っただけ。

でも、これで良かったと思ってる。西垣先生、心配をおかけします」


「いいえ……でも、龍太君のこととか、彼のお父さんに話さなくてもいいのかと思って」


「……考えたけれど、いまさらどうしようもないでしょう。

あの人も、いまごろ子どものことを言いだされても迷惑よ」



愛華さんの顔は迷っている、そう見えた。

恋雪も、愛華さんの気持ちに迷いが見えたから 「結婚するかもしれない」 と言ったのではないか。

毎日顔を合わせているのだから、ご両親への挨拶も済んだことはわかっていたはずだ。

それなのに、恋雪は俺へ 「愛ちゃんの結婚が決まった」 とは言わなかった。

どうしようもないと愛華さんは言うが、どうにかしたい思いもあったのではないのか。

急な結婚話を言い訳に、久光さんへの気持ちに無理やり区切りをつけたように思えた。



「そんなことないですよ。後悔しないように話したほうが……」


「でもね」


「こんにちは。みなさん、お集まりですね。あっ、その顔、もうご存知ですか。あはは……」



話の途中で特別会員席に入ってきた矢部さんは、俺と愛華さんを引き離すようにあいだにわってきた。



「こういうことになりました。

愛華さん、みなさんへきちんと報告しようか」


「えっ、えぇ、そうですね」



子どもを抱いたまま立ち上がった愛華さんを隣にして、矢部さんは胸を張った。



「このたび、私たちは結婚することになりました」


「おめでとう。それで、結婚式はいつ? 

矢部さん、転勤だってね。愛ちゃんも一緒に行くんだろう?」


「そうですね、まだ正式には決まっていませんが、お互い再婚ですから入籍だけして、赴任先に一緒に行ってもらうつもりです」


「龍太はどうする、転校するのか?」


「龍太君は友達と離れたくないそうですし、高校の転校も難しいので、彼はこのままこちらに残ります。

僕にも子どもがいるので、いきなり家族として生活するのは難しいでしょう。

行き来しながら、徐々に慣れてもらうのがいいだろうと思いまして。

お互い、負担にならない方法を選択したと言うか、合理的に考えた結果です」


「合理的ねぇ……そんなもんかね」



ハルさんが、皮肉っぽくつぶやいた。

矢部さんの言葉に、俺も嫌な感じがした。

親子が離れて暮らすのに合理的とはなんだ、言葉を選べと言いたい。

嬉しそうに話す矢部さんを見ながら、俺は無性に腹が立った。

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