冬夏恋語り
私がため息を漏らすと、式場の確保が最優先である、みんなそうしているのだから、それでいいんだと、父も西垣さんも口をそろえて言う。
私が勇気を出して本心を語っても、気持ちは届かないだろう。
ほかのことには 「筋を通せ。誠意を見せろ」 と言う父なのに、ご両親への挨拶を軽んじるのか。
「納得できないことはしたくない。時を待つ」 と常々言っている西垣さんのこだわりはどこにいった
のか。
私には、二人が自分の都合よく解釈しているようにしか思えない。
「俺の言うことに文句を言うな」 なんて強引なところもあるけれど、決断力があり、決めたらこうと意志を貫く潔さで人を引き付けてしまう、父のそんなところはすごいと思っていた。
「明日会いたい」 と、急に連絡をしてくる彼に振り回されることもあるけれど、派閥争いで信念を曲げたくないと言った彼は素敵で、地道に仕事に打ち込む姿が好きだった。
尊敬できて、憧れの人だったふたりは、いま、私の気持ちから遠く離れたところにいる。
ちいちゃんが私の立場なら 「いい加減にしてよ!」 と叫んで抵抗しただろうが、私にはできそうにない。
怒りより寂しい思いが胸に広がっていた。
それまで黙っていた母が、「よろしいでしょうか」 と控えめに発言すると、
なんだ、お前まで文句を言うのかと、父はそれこそ文句を言ったが母は 「そんなんじゃありませんよ」 と穏やかに父を制した。
西垣さんのお義姉さんが、接客業のプロらしく母の方へ体の向きを変えた。
「私も、お母様のご意見をお聞きしたいと思っておりました」
「娘と話を詰めまして、それからお返事を差し上げてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。ひとつだけ確認させていただきたいのですが、
年内のご予約の件に関しましていかがいたしましょう。
ご予約のままでよろしいでしょうか、それとも保留にいたしましょうか」
「保留ということで。
こちらからお返事をいたしまして、それから予約でもよろしいでしょうか」
「かしこまりました。ただ、お返事をいただいた時点で年内の予約ができますかどうか。
お日にちに余裕がございませんので、お引き受けできない場合もございますということだけ、
ご了承いただけますでしょうか」
それで結構です……と母が返事をしたのと同じくして、父が 「それは困る」 と叫んだ。
「ほかに取られてもいいのか!」
「取られる取られないの問題ではないでしょう」
「契約は先手必勝だ」
いきなり始まった夫婦喧嘩に、西垣さんはびっくりしていたが、お義姉さんはこんな場面には慣れているのか成り行きを見守っている。
どうしてこんなことになったのか……
正直なところ、面倒事から逃げ出したいと思った。
私の心が伝わったのか、携帯が鳴った。
東川さんからだった。
「すみません。仕事の電話が入りましたので失礼いたします」
「事故か。現場はどこだ」
さすがの父も、仕事と聞き顔色を変えた。
もし事故の一報なら、結婚式の話し合いどころではない。
私が残したメッセージを聞いた東川さんが電話をしたのだろうと予想はついていたが、あとで……と緊迫した顔を父に見せて、 立ち上がり廊下に出て手元を押さえ 『小野寺です』 と電話に出た。
『東川です。メッセージに今気が付いて。どうしました』
『お酒の代金を、私、払わずに帰ってきてしまったので、お返ししたくて』
『あぁ、そうだ。もらってませんね。いつでもいいですよ』
『これからでもいいですか』
『えっ? えぇ、いいですけど。そんなに急がなくても』
私は今がいい、とにかく急ぎたいのだ。
『お金のことなので、気になって』
『深雪さんって真面目だなぁ。わかりました』
じゃぁ、この前のスタバで待っててください、と言われ、もちろん私の返事は 「すぐに行きます」 だった。
厳しい顔で待つ父へ、仕事ではないが急ぎの用事ができたと伝え、西垣さんとお義姉さんには 「申し訳ありませんが失礼します」 と断った。
母は何事かと問いかける顔だったが、あとで話すね……とだけ言い、父を含めた部屋の顔ぶれへ深々と頭をさげ、小走りで玄関に向かった。
居るだけで苦痛を伴う席から抜け出すことに成功したのだった。