冬夏恋語り


家から駅前までの車内には、重苦しい空気が充満していた。

私は、西垣さんが運転する車の助手席にうつむき加減で座り、「どうしてこうなるの?」 と叫びたいのをこらえていた。

彼が一緒に行くことになるとは、予想外だった。


気鬱な席から抜け出すことはできたが、家を出る間際にひと悶着あった。

東川さんとの電話を終え 「仕事ではないが急ぎの用だから」 と断って席を抜け出そうとして父に呼び止められた。

仕事の用でなければ行く必要がないと言われ、とっさに 「借金を返す約束ですから」 と口走っていた。



「借金だと? 誰に借りた」


「東川さんです……」


「あの東川君か? いくら借りたんだ。なにに使う金だ。えっ、言ってみろ」



東川さんの名前に反応したのは父だけでなく、母は 「ええっ」 と小さく叫び、西垣さんは名前を聞いて探るように首をかしげていたが、「あっ」 と声を上げた。

夏祭りで会った東川さんを憶えていたようだ。

父が、また東川君に厄介をかけたのか、車のことでも迷惑をかけたのに……と余計なことを言ったため、仮眠を守衛さんに誤解された事件を話す羽目になり、お義姉さんは 「まぁっ」 と口を押さえ、彼は眉を曇らせた。

お金を借りたには違いないが、借金と言ったため話が大事になり、それが発端で東川さんとのかかわり方に、妙な疑問を持たれてしまった。



「借金というか……品物の代金を立て替えてもらっただけです」


「それでも借金だ。それで、いくら借りている」



金額は一万円だと言うと、何の代金かと次の質問があった。

ちいちゃんからもらった生酒のビンが割れて、そこに東川さんが来てくれて、酒店で買ってもらった、などなど、自分ではちゃんと説明しているつもりでいたが、あわてて言葉をつないだため、要領を得ない説明になっていた。

ビンが割れたいきさつや、東川さんがどうして立て替えてくれたのかなどは、父に理解してもらえなかった。

とにかくお金を返さなくてはならないのだと訴えると、それだけ伝わったようで、わかった、と低い声で了解してくれたが……



「なにも、今日でなくてもいいだろう」


「東川さん、転勤になってなかなかお会いできないから、返せるときに返しておきたいの」


「それなら、返したらすぐ戻ってこい。いいな」


「でも、時間がかかるかも。ですから、お話はまた後日ということに」


「いいや、帰って来い」



とにかく帰って来いの一点張りで、父は引き下がらない。

この場を逃げ出すための口実だから、もとより私に戻るつもりはなく、納得のいかない話し合いは延期したいのに、思ったようにことが運ばない。

すがる思いで西垣さんに救いの目を向けると、私の思いをわかってくれたのか、彼は大きくうなずいてくれた。



「僕が一緒に行きます。深雪さんと一緒に行って、彼に代金を支払って礼を伝えてきます。

あとあと、金銭トラブルになってはいけませんから」


「うん、そうだな。そうしてもらえるかな」



はい、まかせてくださいと、西垣さんは父に胸を張った。

えっ、一緒に行くの? 

そう聞き返す間もなく私は彼に促され席を立ち、断る間もなく彼の車の助手席に座らされていた。





駅前へ続く道は混雑し、東川さんを待たせているのではないかと気が気ではなかった。

時計を気にする私に、渋滞でのろのろとしか進まない前の車を見ながら西垣さんが語りかけてきた。



「東川君って、夏祭りであった彼だね」


「一度会っただけなのに、よく覚えてるのね」


「顔とか名前を覚えるのは、わりと得意だよ」



そこで一呼吸おき、聞きたいんだけど……と問い詰める声になった。



「駐車場のトラブル、どうして黙ってたの」


「黙ってたわけじゃ……言わなくてもいいことだと思ったから」


「深雪はそう思っても、俺は言ってほしかったな。

彼との間に、隠し事があるみたいじゃないか」



この言葉は私の癇に障った。



「私にも言ってほしいことがあります……結婚式の打ち合わせとか、

お義姉さんが今日いらっしゃることとか、どうして言ってくれなかったの?

結婚は、西垣さんが落ち着いてからって言ってたのに」


「深雪の家に電話したら、そういう流れになったんだ。

深雪は留守だったから話せなかったけど、来期から担当する講座が増えて、こっちに戻ることになった。

義姉に話をしたら、決めるなら急いだ方がいいと言われて、仮予約をしてもらった。

俺としては迅速に動いたつもりだよ」




お父さんも言ってただろう、先手必勝だよ、迷ってる場合じゃないだろうと、彼は正論を述べる。

彼の意見はもっともだけど、私の気持ちは考えてくれないのかと言い返したいが言えない。

言い返せないなりに、なんとか思ったことを言葉にした。



「それでも、私に先に知らせてほしかった。どうして一人で決めるの?」


「質問に質問で返すのは感心しないな」



西垣さんらしい理論で突き返され、返す言葉に詰まり、でも……としか出てこない。

楽しくない会話をしているうちに駅の駐車場についた。



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