冬夏恋語り


縁日と聞いて神社前の和やかな場を想像していた目には、夏祭りの賑わいと西垣さんの浴衣姿は眩しかった。

切れることのない人の波と、夏の開放感を味方にしたような大声の会話、どこまでも続く屋台に群がる人の背中とまばゆい照明、どれも日常から飛び出したようなにぎやかさで、ふわふわと浮いた心地で喧騒の中を歩いた。

行きかう女性たちから、浴衣姿の彼へ注がれる視線に気がついた。

裾をひるがえし下駄を鳴らして歩くさまは、着物を着慣れた大人の男性の色気をかもし出している。



「ケンさんってさ、夏は浴衣、秋になるとウールの着物を着て、冬は丹前を羽織ってるんだ。

それがカッコ良くてさ」



「タンゼン」 とは何かと聞いた私へ、防寒用の着物だと教えてくれた西垣さんは、ケンさんに習って着物で過ごすようになったそうで、今では 「フォーシーズン部屋着は着物だよ」 と言う。

日々着物に体が馴染んでくるよと、嬉しそうな声を聞きながら、四季をフォーシーズンと表現するところが彼らしくていいな、なんて胸がときめいたのは、もう何年前だろう。

それから私も着付けを習って、浴衣なら鏡がなくても着られるくらいになった。


新しい土地で知り合った人々の暮らしぶりを、熱く語る彼の顔も好きだ。

いまも歩きながら 「こんなおじいさんがいてね、言うことが哲学的なんだよ」 なんて、私が知らない世界を熱心に語ってくれる。

支えになる言葉が欲しいと思っていた数時間前の気持ちなど、もうどうでもいいことのように思えてくるのは、たまにしか会えず、会ったときの新鮮なときめきに気持ちがリセットされるからに違いない。


あっ、いま横を通った人、西垣さんをじっと見ていた……

見ず知らずの女性に嫉妬して、繋いだ手をぎゅっと握るとすぐに握り返され、その手応えに安心した。



「田舎から出てきたおのぼりさんには、町の賑わいは刺激的だな」


「私も……」


「深雪ちゃんはそんなことないだろう。それとも、もう疲れた?」


「少し……人が多くて」


「どこか、座ろうか」



うなずいた私の背に手を添え、飛んでくる視線をものともせず、人の波を掻き分けて颯爽と進んでいく彼についていく優越感がたまらない。

物怖じしない彼の行動は、私が憧れ惹かれるひとつだった。



人間関係のトラブルから会社を辞めたあと、数ヶ月間だけ大学の臨時職員の仕事についた時期があった。

そこで西垣さんと出会った。

事務局で慣れない仕事に戸惑う私に、「ゆっくりでいいよ」 と声をかけてくれた西垣さんは、それから何くれとなく私を気遣ってくれた。

「小野寺さんってさ、ほっとけないんだよね」 と言われた言葉が、私には 「小野寺さんが気になるんだよね」 と言っているように聞こえた。

私の一方的な思い込みが憧れになり、慕う想いに変わる間に、西垣さんから 「深雪ちゃん」 と呼ばれるようになっていた。

名前を呼んでくれるのだから、彼も私を想ってくれているのかもしれないと、淡い期待を持ち始めた頃 「僕と付き合ってよ」 と、あっさり交際を申し込まれた。


交際を申し込まれて嬉しいと思いながらも、あまりにも簡単に言われたようで、軽いノリの男性だろうかと心配になり、長く勤める同僚に相談したところ、「西垣先生から告白されたの?」 ととても驚かれた。

気さくな人柄から人気があるが、これまで女性に告白されてもすべて断り、西垣さんが誰かに告白したと聞いたこともないと聞き、いよいよ心配になった。

こんな私でいいのだろうかと毎日悩み、悩みながらも嬉しくて、好きの度合いは日増しに高まっていった。


男性を真剣に好きになったのは初めてだった。

交際の真似事は過去に2度あったが、そのどちらも親密になる前に消滅した。

原因は私の消極的な態度にあり、男性の要求に上手く応えられずに、やがて相手がイラつき私に愛想をつかすのだ。

西垣さんにもそんな思いをさせてしまうのではないか、すぐに飽きられるかもしれない、そんな不安の中で始まった交際だったが、 私の不安は見事に取り除かれた。

「手を繋ぎたいな」 と言われ断るまもなく手を繋ぎ 「寒いでしょう」 と声をかけられたときは肩を抱かれ、「もっとそばにおいで」  と抱く腕に、私も体を預けていた。


< 3 / 158 >

この作品をシェア

pagetop