冬夏恋語り


そろそろディナーの客を迎える時刻だったが、店内はそれほど混んではおらず、 私たちは大通りに面した席へ案内された。

ファミレスのマニュアル通りですねと東川さんが言う。

マニュアルって? と聞き返すと、ファミリーレストランでは窓際のボックス席をまず埋めていくそうで、通りから見て店内に空席が目立たない工夫であり、学生時代のアルバイトで覚えたことですと、東川さんはアルバイトらしき男の子の動きを目で追いながら懐かしい顔をした。



「客が窓際を好むのもありますが、そこそこ混んだ店だと思わせた方が、店の評価になりますからね」


「見た目で決めるのね」


「見た目といえば、身なりの良い客を窓際の目立つ席に案内するようにと、バイトを始めたころ、先輩に言われました」


「じゃぁ、私たち、身なりがいいってこと?」


「ですね」



スーツですからそれなりでしょうと、東川さんは照れたように付け足し、 メニューを広げて、

「腹減ったなぁ」 ともらしながらページをめくった。

「ハンバーグのAコースにします」 と、迷いもなく注文の品を決めて、ゆっくり決めてくださいと私に伝えると、忘れないうちに渡しておきますね、そう言いながら封筒を差し出した。



「昨日は、深雪さんの彼氏さんに、一万円でしたねと言われてびっくりしましたよ。

もっと少ないですって言い出しにくい感じだったので、そのままもらいましたけど」


「ちょっとわけありで、そうなっちゃったの」


「4800円が、一万円になったんですか?」



「えぇ……」



メニューを眺めながら 「わけあり」 のわけは言わずに、私も東川さんと同じものにしますと言うと、彼は即座に近くにいたスタッフに声をかけて注文を伝えた。

これが西垣さんだったら、どうして同じものを頼むんだよと言われるところだ。

決断力のない私へ、自分の意見を言うべきだ、もっと主張しなきゃと言うが、私の意見など聞かずにどんどん自分で決めてしまうことも多い。

だから主張するのをあきらめてしまったというか、意見を譲ることで二人の関係が上手くいけばいい、そう考えるのが普通になっていた。


中身を確かめてくださいと言われ、封筒を受け取りさっと中に目を通した。



「これ、ここの食事代にしましょう。あっ、遠慮しないでくださいね。迷惑料ですから」 


「いいんですか? じゃぁ、ごちそうになります」



ごちそうになります……

素直な返事は、いかにも東川さんらしい。

ごちそうと言ってもファミレスだけどと肩をすくめると、次は俺がごちそうしますよと言ってくれた。

彼は近く転勤になり、私もそう遠くない時期に結婚するだろうから、二人で会う次の機会などない。

社交辞令とわかっていても、気持ちの良い返事に思わず顔がほころび、ここに来るまでは彼に愚痴をこぼすつもりでいたのに、そんなことはすっかり忘れていた。


食事を済ませてくることを家に連絡すると、電話に出た母が、外なの?どこにいるのと聞いてきた。

店内に流れる音楽が電話から聞こえたため、ちいちゃんの家ではないと思ったそうだ。



『駅前のファミレスにいるの。ごはん、食べてくるね』


『たまにはいいんじゃない。ちいちゃんも息抜きしなきゃ。ゆっくりしてらっしゃい』



一緒にいるのはちいちゃんじゃないの……と言おうとしたが、おっとりしているようで、案外せっかちな母の電話は切れていた。

電話のあいだ、東川さんは通りの人を眺めていたのか、人が歩く方向へ顔を動かし、行き先を目が追っていた。

その目が誰かを探しているような気がして、軽い気持ちでこんなことを尋ねた。



「私といるところを彼女さんに見つかったらどうします? 困っちゃいますね」


「えっ?」



「ふっ、ごめんなさい。見栄を張りました。

私みたいに年上じゃ、彼女さんに誤解されませんよね」


「そんなことないですよ」


「ははっ、いいですって。私、東川さんのお姉さんに見られるかも」


「俺に姉はいませんけど……」



怒ったような声で言うと、東川さんは急にそっぽを向いた。

何が彼の気に障ったのだろう、理由がわからず、とりあえず 「ごめんなさい」 と謝ると、「簡単に謝らないでください」 と返された。

東川さんは顔をそむけたまま、会話も止まっている。

気まずい空気になり、私も視線のやり場に困り、窓の外へと向けると、電話をしながら店内をうかがう男性の姿が目に映った。

視線がかちあって、思わず息をのんだ。

窓際の植え込みをはさんだ店内と歩道で、私と西垣さんは目を合わせていた。

 
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