冬夏恋語り
どうしてここにいるの? と疑問に思うより、困ったとの思いが強かった。
西垣さんは、またいらぬ誤解をしたのだろう、目が、「どうして」 と私を問い詰めている。
その目に耐えられず、ふっと視線を外しふたたび外へと目を向けたが、西垣さんの姿は消えていた。
立ち去ったのではなく、店内へと入ってきたとわかったとき、私は彼に向き合う覚悟を決めた。
何も悪いことはしていない、きちんと話すだけだ。
こちらへ向かってくる西垣さんを見つめ、視線をそらすものかと身構え対峙するつもりでいたのだが、隣席から立ち上がった女性が西垣さんの行く手に立ちはだかり、私と東川さんの前に来た。
急に目の前をふさがれ足を止めざるを得なかった西垣さんも驚いていたが、東川さんの驚きはそれ以上だった。
「びっくりした?」
「べつに……」
「外から諒君が見えたから来ちゃった。ふぅん、新しい彼女?」
「取引先の小野寺さんだ。失礼だぞ」
「小野寺保険事務所の? すみません……」
なんだかわからないが謝られたので、私もわからないままに頭を下げたのだが、話から察するに、女性は東川さんの会社の同僚だろう。
けれど、新しい彼女とはどう言う意味なのか。
穏やかでない空気が漂う場になったが、ともかく成り行きを見守ることにした。
突然あらわれた女性の後ろで、西垣さんも立ち尽くしたままだ。
「私、てっきり駐車場の車の中で一緒だった彼女かと思って、それで……」
「そうだよ。小野寺さんが、あの時一緒だった人だ。
緊急の呼び出しで困っている俺を会社まで送ってくれた。
誰が言ったか知らないが、迷惑な噂のせいで、俺はとんだことになったけどね」
険しい顔で説明する東川さんは、最後の言葉を吐き出すように彼女に向けた。
この可愛らしい女性は東川さんの彼女? それにしては、良好とはいえない関係であるのか、
双方ともに棘のある言葉が飛び交っている。
その原因となったのは、どうも私らしい。
「えっ、この人だったの? ウソ……そっ、それならそうだったって説明してよ。
誤解しちゃったじゃない。
すっごい色っぽい大人の女の人が一緒だったって聞いたから、諒君、ひどいって思って。
だから、私……そうだったんだ……
うん、わかった。もう、何も言わない。また、ご飯食べに行こうよ。連絡待ってるね」
不服そうに口をとがらせていたのに、勘違いがわかったとたん可愛いしぐさになり、首をかしげて甘えた声をだす彼女は、いかに自分を可愛く演出するか必死になっている。
誤解しちゃった、だからすねたのだと甘えた声で訴えることができるのは、若い子だけが持つ特権だ。
連絡待ってるね、なんて言われたら東川さんも許してしまうだろう。
私が原因でケンカ別れさせてしまったみたいだけれど、これで仲直りかな、良かった。
そうか、東川さんの名前は 「りょう」 さんか……
なんて目の前の光景を眺めつつ、のんきなことを思っていたのだが、
「俺たち別れたんじゃないのか?」
「そんなことないよ。私、全然気にしてないから」
「はぁ? 全然気にしてない? なんの冗談かな。別れるって言ったの、里緒奈だろう」
「だって、あんな噂が広がったら、ふつう裏切られたって思うじゃない」
「裏切られただって? 勝手に決めるなよ。俺は何度も言ったよな、噂はウソだって。
なのに、里緒奈は信じなかったじゃないか」
「だから、あのときはそう思ったけど、いまは違うから。前みたいに、ねっ」
「俺にそのつもりはない。彼女と食事中なんだ、邪魔しないでくれ」
「待ってよ、こんなおばさんのどこがいいのよ。私が負けるわけ……」
恐ろしいほどに睨み付けた東川さんの顔に、里緒奈さんはわなわなと震えていたが、震えながらも、涙目で私を睨みつけてきた。
おばさんと言われたことよりも、その形相で睨まれたほうが何倍もショックだったと、あとで思い出すのだが、そのときの私は、勘の鈍さが幸いしてか唖然とするばかりだった。
「深雪さん、出ましょう」
「えっ、えぇ」
「深雪!」
それまで東川さんの目には、西垣さんの姿が全く入っていなかったのか、里緒奈さんの背後からの声に、意表を突かれた……そんな顔だった。
里緒奈さんも同じく、背後からかかった声にびくっと体を震わせ、いきなり体を押しのけられ、驚きを隠せない様子だ。
席に近づいた西垣さんは、私の腕をつかみ立ち上がらせた。
「深雪、俺たちは部外者だ。行こう」
「でも……」
「あとは二人で話し合ってもらったほうがいい。深雪、ここまで車で来たのか?」
「どうしてここにいるの?」
西垣さんの言うことには応じず、私は頭に浮かんだ疑問を口にしていた。