世界で一番好きな人
家に帰って、さっき受け取った写真を取り出す。
微妙な距離感で映る二人が、そこにいるはずだった。


「え、」


おかしい。
何度見ても、私の撮った写真ではない。


「だれ?」


そこには、見知らぬ男性が映っていた。
グレーの背広を着て、少し悲しげな表情をしているその男性。
何枚も何枚も。
映っているのは、その男性の上半身ばかり。

本当なら、写真を取り落すところだった。
気持ち悪いと感じるかもしれない。
でも、私は何故だか、その写真から目が離せなかった。
真っ直ぐにこちらを見つめる、男性の寂しそうな目が、私を縛りつけるようだった。


急いで、写真が入っていた袋を見る。


―――掛川 雪人。


そこには、そんな名前が記されていた。
そして、電話番号も。

写真屋さんに返そうかと思って、やめる。
この電話番号に掛けてみたら、この人と話すことができるんだ。
そう思ったら、何故だかわくわくした。

気付いたら、スマホを握っていて。
しばらくして、男性が電話に出た。



「はい。もしもし。」


「あの……、掛川雪人さんですか?」


「……もしかして、俵瞳子さんですか?」



深みのある声だった。
若い男性にはない落ち着き。
魅力的なテンポ。

そんなものを、彼のたった一言から感じた。



「はい。俵瞳子です。」


「掛川雪人です。」



しばらく間があって、電話の向こうでふっと空気が動いた。



「はじめまして。」


「……はじめまして。」



笑っているような彼の声。
私も、つられて笑顔になる。

一体何をしているんだろう、私は―――



「写真……、」


「私の写真が、そちらに行っているということ?」


「ええ。じゃあ、私の写真も?」


「そうですよ。瞳子さんの写真は、こちらにあります。」



瞳子さん、と呼ばれて。
私の頬は熱くなる。
会ったこともないその人に、どうしてこんな感情を抱くのかが謎だった。



「どうします?」


「どうしましょうね。」



深夜なのに、お互いに有り得ないほどのゆっくりしたテンポで会話していた。
私と瑛二さんの電話は、いつも要件のみなのに。



「お暇な日は?」


「休みの日なら。」


「なら、明日は?」


「大丈夫です。」



本当は、今日の埋め合わせに瑛二さんと会う予定だった。
でも、気付くと私は、そう答えていたんだ。



「それなら、明日。アンジュールという喫茶店は分かりますか?」


「ええと、」


「写真屋さんの隣の路地を曲がって、しばらく行くと見えてきますよ。」


「分かりました。」


「10時ごろにしますか?」


「そうですね。」



何かがおかしいと分かっているのに、胸の高鳴りを止めることができない。



「では、また明日。瞳子さん。」


「また明日。……雪人さん。」



何となく呼んでみたくて、掛川さんではなく雪人さんと呼んだ。
その名前の響きは、彼の雰囲気によく合っているような気がした。

静かに通話を終了する。

私は、その夜。
掛川さんとの電話の余韻に浸りながら、会ったこともない掛川さんの写真を見つめていたんだ―――
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