黄昏の特等席
「エメラルド・・・・・・」

 彼の胸をやんわりと押しながら、ゆっくりと離れた。

「もう少し抱きしめたかった・・・・・・」
「だったら・・・・・・」

 どうして簡単に腕の力を抜いてくれたのだろう。

「君の気持ちを無視して、自分の欲望を押しつけてばかりでどうするんだ?」
「それは・・・・・・」
「それに、どうせなら君から抱きしめてもらうのがいいな」

 いつも抱きしめるのはエメラルドで、大抵グレイスは呆れながら文句を言っていることが多い。

「女からそういうことをするの、あまり良くないでしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって・・・・・・」

 はしたないことを言うと、エメラルドは笑って、それを否定する。

「そんなことはない」
「それはあなたがそうしてほしいから?」
「そうだな」

 今までグレイスから抱きしめられたことがないので、エメラルドはいつかそうしてほしいことを願う。

「夢だと、君は私に喜んで抱きつくぞ?」

 エメラルドが見る夢は自分にとって、都合のいい夢。

「自分から抱きついたりしないよ・・・・・・」
「それは現実の話だろ?」 

 未来のグレイスは夢のときより強く抱きしめてくれるかもしれないので、エメラルドはニコニコと笑っている。

「未来もない」
「私の人生は真っ暗だな・・・・・・」
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