春夏冬中
 次に気がついたときには母屋の長椅子に寝かされていた。綿の毛布が肌に心地よい。
「気がついたか?」
 本から顔も上げぬ男の声が響いた 。
「僕、どうしたんですか? ・・・確か、女の人が僕に抱きついてきて・・・あっ、先生の薬玉、あの女の人が勝手に」
「いいんだよ。アレは彼女に渡すためのものだ」
「だってあの人、僕を『鷹彬』なんて呼んで、まるっきり勘違いしてましたよ? どう考えても僕と先生を間違えるはずなんてないのに」
(そうなんだ、先生の名前は『鷹彬』っていうんだ)
秘密を知ってしまったようで、すこし嬉しい。
「ラムネのビー玉を飲み込んでしまったろう?」
「あ、そうなんですよ。ってなんで先生が知ってるんですか?」
「私の魂魄が薫の中に入っていたから彼女は薫を私だと思ったんだよ。予想以上に上手くいったな。彼女は嫉妬深くってこの身のまま逢ってしまったら、どうなってしまったことか」
 言葉とは裏腹にクスクス笑いをこらえている。
「 今日は旧暦の五月五日。薬玉を受け取りにわざわざ来るなんて可愛らしいじゃぁないか」
 薫には男の言っている意味が分からず憤慨している。
「なぁに、露姫が五月雨にみだれて私に逢いにきただけの話さ。ほらごらん。梅雨入りだよ」
外を見ると先ほどとは打って変わってシトシトと雨が降り出していた。
「僕がビー玉を飲み込んでしまったこととどう関係があるのか、全く理解不能です」
不貞腐れたように再び横になると男は独り言のように言った。
「女をここまで濡らせれば一人前の男だよ、薫くん」



           《終》
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