AfterStory~彼女と彼の話~
「……い、起きろ」
「う~ん」

 布団の中で寝ている私に、誰かが体を揺する。

「起きろ」
「痛いっ」

 ペチっとオデコを叩かれたので瞼を開くと、海斗さんの顔が目の前にあった。

「海斗…さ…ん?」
「今から出掛けるから、起きろ」

 海斗さんは既に私服に着替えていて、私は眠い目を擦りながら起きあがり、時計を見るとまだ午前5時になった所で、今から出掛けるとしたら空は暗いよね。

「海斗さん、今から出掛けるんですか?」
「今から出掛けないと間に合わなくなるから、急いで着替えてくれるか」
「…分かりました」

 まだ思考が目覚めてなくて、疑問に思いながらも着替え始める。

 外に行くだろうから厚いコートを羽織り、マフラーも首にぐるぐると巻きつけた。

「準備が出来ました」
「よし、行くか」
「あの、ヒデ子婆ちゃんは?」
「昨日、2人で出掛けるからと伝えたら、私のことは気にしないで行ってきなさいだって」
「そうですか」

 此れから2人で出掛けるんだと思うと、ヒデ子婆ちゃんを一人きりにさせてしまい申し訳ないな。

「ちゃんと婆ちゃんと御詣りに行くから、先にあんたにどうしても見せたいものがあるんだ」

 私がヒデ子婆ちゃんのことを気にしていると思ったのか、海斗さんは心配させないように言う。

「分かりました、行きましょう」

 せっかく誘って貰っているし、こんな暗い表情させたら駄目だよね。

 海斗さんと手を繋いで玄関を出ると、冷たい風が頬を冷やさせる。

「寒いですね」
「冬だし、海からの風も冷たいな」

 2人で頬っぺたが赤く染めながら、人通りが少ない街を歩く。

 空はまだ暗く、海も黒くて、これから何処に行こうとしているのだろう。

 海斗さんに連れられて歩いてどれくらいたったか分からないまま、黙々と歩く。

「……」
「……」

 私の方から話を切りだそうとするけれど、さっきから海斗さんは仕切りに腕時計を見ているから話も出来ないままでいて、本当に何を考えているのか、分からないよ。

「海斗さん、あの…」
「着いた」
「へっ?」

 着いたと言うのは、漁に使う船が停泊している所だ。

「どうしてここに?」
「ついてきて」

 海斗さんに手を引かれて堤防を歩いていたら、一隻の漁船の前に立ち止まった。

「これ、俺が使っている船だ」
「これが…」

 年季の入った漁船は所々に錆があるけれど、新しいよりもこれで漁に使っているぞと分かるくらいの風貌だ。

 海斗さんは手を離すと漁船の中に入って、また出てきて、手には救命胴衣を二つ持っている。

「此れを着て」

 海斗さんは救命胴着胴衣の一つを私に渡して、自分も着始めた。

「もしかして、船に乗るんですか?」
「ああ。これ(救命胴衣)着けてないと危ないぞ」

 危ないのは分かるけど、急な展開だ。

 海斗さんなりに何かを考えているのだろうから、ここは救命胴衣を身に付けて乗ってみよう。

 コートを脱いで、救命胴衣を身に付けてまたコートを羽織った。

「気をつけて、乗れよ」
「はい」

 海斗さんが右手を差し出して、私も右手で海斗さんの手を掴んで漁船に乗り込んだ。

「初めて漁船に乗りました」
「落ちないように気をつけろ」
「はい」

 海斗さんは碇を引き上げて操縦席に座り、私は船の縁を掴む。

 エンジンがかかり、漁船は暗い海原へ進み始めた。

 海に浮かんで進むのは私たちが乗る漁船しかいなくて、ここに落ちたら誰も分からないと思うと、何だか怖くなってくる。
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