AfterStory~彼女と彼の話~
 海斗さんは漁船が宇ノ島近くにくると、エンジンを止めて操縦席から出ると碇を下ろし、私の隣に座る。

「海斗さん、ここで何をするんですか?」
「もうすぐ分かる」

 さっきから理由を聞いても、答えはこれだ。

 新年早々に喧嘩はしたくないから我慢をするしかないけど、ここまでとは。

「時間だ。あっちを見ろ」
「あっ…」

 海斗さんが指で指した方向を見ると、水平線から太陽が昇り初めて徐々に空がオレンジ色になっていく。

「綺麗…」

 初めてみる水平線からの初日の出に、その二文字しか口に出来ない。

 さっきまで空は暗く海も黒くて、ここに落ちたら怖くてたまらなかったのに、今は目の前の素晴らしい景色にただただ見入ってしまう。

「此れをあんたに見せたかっんだ」
「私に?」
「ああ。言うと楽しみが無くなるから、あんたから何処に行くか聞かれても答えにくかった」

 私って馬鹿だな…、一人でこんなにモヤモヤしてて、海斗さんのことをわかってあげてなかった。

 こんな素敵な景色を見せてくれてるのに、根掘り葉掘り聞いてたのが恥ずかしいよ。

「海斗さん、ありがとうございます」

 ヒデ子婆ちゃんのように、空に浮かんでいる太陽のように、海斗さんに向けて目一杯に微笑む。

「ずっとあんたにこれを見せたくて、ようやく叶った」

 海斗さんに肩を抱きよせられ、2人で朝陽を見つめる。

 暗かった空は青く、海もいつも見ている紺碧になっていった。

「船から初日の出を見るのは、初めてです」
「俺も普段は漁に出ているといつもと変わらない景色だけど、こうして太陽を見るのは初めてだし、いいな」
「はい…」

 海斗さんに頭を預け、海斗さんも同じように私に頭をよせる。

「麻衣」
「どうしまし―…」

 頭を上げたと同時に、海斗さんの唇が重なる。

 海斗さん…、突然のキスに何度も瞬きをしても唇は離れることはなく、私は瞼を閉じて海斗さんからのキスを受け入れた。

 風はまだ冷たいけれど、私たちはキスに夢中で、体が火照りだしている。

 少し唇が離れても直ぐに重なって、差し込まれる熱が口内で絡んできて、意識が飛びそうになるのを海斗さんの服を掴んで保ち、必死に応え、海の上にいるからか、キスはほんの少し塩ぽい味がする。

 小さなリップ音を出して唇が離れると息があがってしまい、深呼吸をした。

「はぁ…、っ…、はぁ」
「大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「良かった。そろそろ帰るか」
「はい!」
「……」

 海斗さんは黙って微笑むけど私を見る瞳はうんと愛情が込められていて、それは私でも分かるのは現金だろうか。

 碇を引き上げて、またエンジンがかかり始める。

 漁船は停泊場に向けて進みだし、私は目の前の景色を忘れないように見つめる。

 今年も海斗さんと仲良く過ごせますようにと、太陽に向けて手を合わして、そう願い事をした。

「何かを願ったのか?」

 海斗さんは舵をとりながら、聞いてくる。

「内緒です」
「……」

 眉間に皺を寄せる海斗さんをよそに、私はまた景色を楽しむ。

「あ、ヨシハラのお爺さんだ。ヨシハラのお爺さーん」

 私はヨシハラのお爺さんの姿を見つけて思いっきり手を振ると、お爺さんも私たちに気付いて手を振り返してくれた。

 漁船は停泊場に着岸して、船を降りる。

「そういえば海斗さんは何かお願い事をしましたか?」
「……内緒」
「えー、教えて下さいよ」
「あんたも内緒っていうから、俺が教えたら不公平だ」

 新年早々に喧嘩ぽくなってしまうのは、もうしょうがないのかな。

「ほら、行くぞ」

 海斗さんは私の手を握り、歩き出す。

「いつか教えて下さいね」
「いつかな」

 普段はぶっきらぼうだけど、優しさが含まれた声をしている。

 私はいつか教えて貰えるように、期待を込めながら手を握り返して歩きだした。


【九条麻衣side 終わり】

→お次は海斗目線
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