星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】



「もしもし」

「託実、私だよ」


そう言ってスピーカー越しに聞こえる声の主は、
裕真兄さん。


「宝珠から今連絡貰った。

 裕兄さんよりも、私の方が早く迎えそうだから
 マンションに直接向かう。

 百花ちゃんの車は、
 遅いけどお寺の住職に預けて貰ってもいいかな。
 
 凛華(りっか)にマンションまで移動させて貰うから」



裕真兄さんがそう言うと、
向こうの車内の会話が、
マイクがひろうのかこちらへと流れてくる。


「車は私が責任もって移動させてあげるわよ。
 裕真も今は緊急時だから、返してあげる。

 託実くんだっけ?
 このかしは高いからね」


なんて初めて聴く声の主が私に話しかけてくる。

会話の雰囲気から、
向こうは俺のことを知ってそうな感じがした。


「じゃ、託実は真っ直ぐ伊舎堂のマンションへ」


電話が切れると、百花の車の鍵を住職に預けて、
百花の車とナンバーを携帯カメラに収めてメールする。

幸いにして、この時間に駐車しているのは一台だけ。


百花の車関係の連絡を終えると、
俺は運転席に乗り込んで、自宅へと急いだ。

マンションの地下駐車場に車を
滑り込ませると同時にリムジンから姿を見せる裕真兄さん。


「託実」


百花を抱えたまま一気にエレベータで
自室へと入り、寝室のベッドに眠らせた。


真っ青な顔色のまま魘されるように
眠り続ける百花。


そんな百花がまともに見れなくて
寝室の外へと出る。


……何時まで
たっても苦手なんだ……。



病院も、ベッドも病気で力なく横たわる人も。
全てがあの頃に繋がっていくから。


リビングのソファーに腰を下ろし
唇をかみ締めながらもう一度、
扉が開けられるときを待ち続ける。


扉の開くことのない長い時間が過ぎて、
ようやく兄さんが寝室から出てきた頃には
俺も少し意識を手放して
ウトウトとしてしまっていた後だった。


そう。
眠ろうとしても眠れない。



眠ることを拒絶してしまったかのように
不眠状態が続いている状態の中、
唯一、眠りらしき行動に繋がるのが束の間の意識を
手放した僅かな時間。

その僅かな時間だけが
今の俺自身の安らぎの時間。



ドアが開いた音にビクっとなって
我を取り戻した俺は立ち上がって
裕真兄さんの為に、お茶を入れるしたくをする。


途中、軽い立ちくらみをやり過ごしながら。


ティーカップと一緒に裕真兄さんの
お気に入りの紅茶を入れて、目の前に置く。
< 140 / 253 >

この作品をシェア

pagetop