星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】



「唯ちゃん、久しぶりだね。
 最近、調子はどう?

 また体調が優れなくなったら何時でも私を頼って来るんだよ。

 雪貴も順調そうだね」


にこやかに笑みを携えて、医者の顔で接する裕兄さん。


「裕先生……、どうして?」


唯ちゃんが助け舟を求めたのは兄さん。


兄さんが俺と百花ことを説明している間に
俺は奥から裕真兄さんに手招きされるままに
着替えと消毒を済ませて中へと入っていく。



「……百花……」


点滴の針が刺さる細い腕にゆっくりと触れて
その指先に俺自身の指先を静かに絡める。


百花……、やっと捕まえた。







数日後、百花は手筈通り
ICUを出て、役員棟の伊舎堂の特別室へと移された。



百花の意識は今も回復しない。


交通事故による一次損傷からの下肢の骨折。
第二次損傷からの頭部裂傷。

頭部へのダメージが思ったよりも経度だったのが、
検査の後の救いだった。

そして第三次損傷になる、転倒時の腹部損傷。
出血量が多くて、一時は危険な状態に陥ったらしい手術での出来事。


聞くだけで、
百花の身体への損傷が大きかったことは伺える。


何時目覚めるか、医者にもわからない。



ただ俺に出来ることは、
何時、どんな状態で百花が目覚めても
俺がアイツを守ってやれるように準備を進めて置くこと。



高杉弁護士立ち合いの元、
百花の両親と喜多川会長の承諾を得て
婚約者として、加害者との話し合いにも顔を出す。


早々に示談を付けたいと望む保険会社は、
何度も何度も、顔を出してくるものの
現時点で、アイツにどんな後遺症が出るのかもわからない。


そんな現実の中で、保険会社からの圧力から満永夫妻や、
喜多川会長を守りながら、対応していく。



唯ちゃんを支える立場になった、
雪貴は送れながら休学していた高校にも復学を遂げた。


学校の合間に二人して病院に顔を出してくれる、
唯ちゃんと雪貴。



百花が眠り続ける部屋で、
俺はノーパソや機材を持ち込んで、
作曲活動や、編曲活動を続けていく。




隆雪の死の一件から、音楽から遠ざかっていた雪貴も、
相棒を持ち込んで、少しずつ俺の活動を手伝うようになってきた雪貴。



「託実さん、そこ……。

 なら、こっちのフレーズはどうですか?」


譜面を走らせる隣で雪貴は小さな音で愛器を爪弾く。


その音を受けて、俺もベースを爪弾く。



「Taka、ちょっといい?

 このフレーズとこのフレーズを続けて使うと、
 流れてしまう気がするの。

 だったら、こっちの方がまとまって聞こえない?」


今も現役の音楽教師を務める唯ちゃんが、
フレーズを口で紡いでいく。


「うん、そうだね。
 なら俺は……こうだね。
 
 あっ、でも……もしかして託実さん、
 このフレーズ、兄貴だとこう弾きませんでしたか?」



そうやって雪貴が紡ぎだしたフレーズは、
理佳の告別式の日に、一度だけ演奏した隆雪のギターフレーズ。

< 169 / 253 >

この作品をシェア

pagetop