星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】








ガチャリ。

屋上の扉が開いて、再び裕兄さんが姿を見せる。

手にはペットボトルの紅茶。


「託実」


放り投げられた、それを片手で受け取ると
その温もりが指先に伝わっていく。


「この空はいろんな場所に続いてる。
 
 この世界は勿論、科学では受け入れられない
幻想的な世界にすらこの世界は繋がってる気がするんだ。 

 そんな何処までも透明な外に、この地に住むそれぞれの思いが
 色を着けていく。

 夜空に輝く星空が美しく輝いているのは
 悲しみの痛みを乗り越えたから。

 その乗り越えた出来事に対して誇りを持っているから
 輝き続ける。

 そう……教えてくれた人が居たなー……。

 私が学生時代の理事長だった人だけどね」


何時もは静かな兄さんが今日は何時になく
夜空を見つめながら呟く。


「一綺兄さんのお父さん?」

「そうだね。
 綾音紫【あやね ゆかり】理事長。

 今は一綺が理事長を担っているけど、
 私の中の理事長であり、最高総は紫さま以外には考えられないんだよ」



そんな裕兄さんを最高総として崇めている存在が
俺たちの世代には多いのも知ってる。

だけどそれ以上に、裕兄さんがそう言う存在が
もう一人の俺の叔父さんってことに驚きを隠せない。


裕兄さんから手渡されたペットボトルのキャップをあけて、
紅茶を飲み干す。


俺が今日まで抱え続けたこの痛みの想いも、
俺自身が、この夜空の星として浮かべることが出来るのかな。

柄にもなく、そんなことを考えさせる夜。

再び手を伸ばした夜空は、全ての痛みを乗り越えた者たちが
優しく見守り祝福する暖かな光にも似て。



ふいに裕兄さんのPHSが無音を切り裂くように着信を告げる。


ゆっくりと電話に出た裕兄さんが「そう。お疲れ様」っと
静かに告げて俺に向き直った。


「託実行こうか。
 百花ちゃんのオペが無事に終わったから。

 手術室の前には、百花ちゃんの御両親も喜多川会長もいらっしゃる。
 こちらは、託実の御両親が対応してくれてる。

 雪貴と唯香ちゃんも来てるから。

 事務所の方と、報道規制は宝珠にも連絡しておいた」

 
裕兄さんのその声に安堵して、
緊張の糸が一気に緩む。

少しぐらついた体を兄さんが慌てて
引き寄せる。


「託実、大丈夫?」


一瞬の眩暈も今は落ち着いた。
視界が歪むこともない。


兄さんの問いかけに、ゆっくりと頷くと、
百花が眠るICUへと向かう。


ICUの前、雪貴とその彼女、
唯ちゃんの姿を捕らえる。


「来てくれてたのか?」



今更、気がついたかと主張せんばかりの
無言の睨みが雪貴から伝わる。



「託実さん、どうして」


隣にいる、唯ちゃんは突然の俺の登場に
言葉を失ってただ……俺と雪貴を交互に見つめる。

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