星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】

2.入院生活 -百花-



立派過ぎる特別室。

気が付いた時には、この部屋で過ごしていたから
私的にはそれだけでも驚きだったけど、
この部屋が託実の一族、正式には伊舎堂家に連なる人たちや、認められた人たちしか
使うことが出来なし場所だって、唯香から耳打ちされて絶句した。


意識が回復してから、徐々に始まったリハビリ。

まぁ眠ったままの間も、筋肉が固まらないようにベッドの上で
いろいろとしてくれてたみたいなんだけど、そんなリハビリが本格的に始まる。


託実は時折、仕事に出掛けることはあるけど
時間の許せる限り、この病室に滞在してPCとベースを手に何かもくもくと作業してる。



唯香と雪貴くんは学校が終わる頃に、二人揃って顔を出す。


関係者専用の特別室だから、
IDカードがないと入れない場所。

そんなわけで、受付から連絡が入ると
関係スタッフが専用エレベーターのある一階まで迎えにいってくれる状況。



入院生活を境に一気に変わった私の生活環境。






私も……お祖父ちゃんが、人間国宝だったから
昔からいろんなことは経験してきてた。



だけど……ここに来て初めて、
託実を取り巻く環境って、私の想像を超えるものがあるのかも知れないって思った。


中学生時代の悧羅校生で、陸上部の憧れの先輩。
生徒会や生徒総会の役員と親しくしていた存在。



光の部分しか、一般生徒の私は見ることが出来なかったけど
託実は……本当は大変だったのかなっとか……そんなことも思えるようになった。


憧れだけだった託実の存在が、
私の中で一日、一日時間を重ねるたびに明確になっていく。


表面上の託実ではなくて、本当の託実をもっと知りたい。



焦らずに今は少しずつ。




交通事故にはあったものの、幸い手が無事だった私は
裕真先生の許可を貰って、イーゼルとキャンパスを病室に持ち込む。


入院生活中の「動けないストレス」を少しでも発散できる何かがある方がいいだろうから。

そんな理由で、体調がいい時限定でお許しが出た私は
自分の体調と相談しながら、治療の合間にキャンパスに向かう。



そんな私が描いてる傍に、
託実は買ってきたらしいペットボトルのお茶を目に留まるように差し出す。


筆をとめて、お茶を受け取るとそのままペットボトルを頬へと押し付ける。


「有難う。
 冷たくて気持ちいい」

そうやって告げると、託実は再びそのペットボトルを手渡すように私に話しかけて
キャップを開いて、私の手の中に戻した。

ゆっくりと口の中に含むお茶。
ふんわりと広がるお茶の香りに、ほわっとする心。


「少しずつ色が重なってるんだな」

「うん。
 だけど……まだ思い通りにはいかなくて苦戦してる。
 目覚めたばかりの頃は、すぐに完成しそうな気がしてたのに」

「まだ時間はあるんだろう。
 星空をバックに流れてるこの羽は、理佳だよな」



そんなひと時のリフレッシュタイムをしてた私に、
託実が突然ゆっくりと告げる。

理佳って言うお姉ちゃんの名前にドキっとする。


私が描く、その羽を見て「お姉ちゃん」だと言った人は
先にも後にも託実以外居なかったから。



「うん……。
 私の中のお姉ちゃんはいつも天使だから」

「今なら気が付ける。

 中二の学祭の時に展示してた絵もそうだし、
 中二の夏頃かな。

 百花の絵、この病院に飾られてただろ。

 それにも……真っ白い羽根が描かれてた」

「うん……。
 ずっと私の絵には、真っ白い羽根が付き物。

 だってお姉ちゃんを思いながら、
 筆を走らせてたから。

 多分、それは今も変わらないよ。

 私の絵は、お姉ちゃんに届けば嬉しいものだから」


心から笑える時間。

こんなにも穏やかに今を過ごせるのも、
この入院生活のおかげなのかな……なんて不謹慎にも思った。
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