誘導
電車の中に乗っても、弘樹は彼女と話した言葉を思い返していた。その中でも映画を観に行くという話をした時も、頭の片隅ずっとに残っていた内容があった。それは、ネット依存についてだ。電車が車輪をきりきりと金属音を出しながら動き出した。電車の駅員が、あの独特な喋り方でアナウンスをしている。そんな中で弘樹はスマートホンで、ネット依存症について調べていた。
「えーっと…、インターネット依存症とは、日常生活に干渉をおよぼす程の、インターネットへ過剰に依存した状態を指す…。」
検索して上の方に出てきたサイトを適当に開き、ざっと目を通してみる事にした。弘樹にはインターネット依存症の自覚があり、日常に支障が出てしまうのなら治すべきだろ思ったからだ。この先の人生の弊害ならば、早急に対策を打ってしまいたかった。
「臨床的には、賭博依存症と平行な位置づけである「特定不能の衝動制御の障害」に分類される…。」
臨床心理学者の文章や診断基準などを見るにつれ、階段をゆっくりと一段ずつ降りていくように、心が落ち込んでいった。同意せざるを得ない項目から、現代社会においては誰にでも当てはまるのではないかといった項目もあった。他にも、ネットへの依存度をチェック出来るサイトや、ネット依存について議論を交わしているサイトなどもあった。とてもじゃないが、電車に乗っている駅三つ分の時間だけでは見切れなかった。
電車から降りる時も、席から立ち上がった時は胃が重たく感じた。これから少しずつ生活習慣を改めていかなければ、堕落してしまう…。そんな恐怖に襲われ、スマートホンに触れることにも、罪悪感のような物が生じた。
「あら、弘樹じゃん。」
弘樹の後ろから、幼馴染の富沢茜が声を掛けてきた。どうやら隣の車両に居たようだった。
「あぁ、茜か。」
「あぁ、茜かって何よ。」
改札口に定期券を当てて抜けると、茜は隣まで歩いてきた。
「なぁ、」
弘樹は歩きながら、横目で茜の顔を見た。茜も、きょとんとした顔で弘樹を見つめている。
「何、弘樹。どうしたの。」
「俺ってネット依存症なのかな。」
茜は目を点にさせて弘樹を見つめた。反応に困ってるようだった。
「どう思うかな。」
茜は言いたい事を頭の中でまとめているのか口を紡いでいた。
「まあ、便利な世の中だし、皆そうなんじゃないかな。」
「そうかな。」
「だってさ、クラスの皆が休憩時間にはケータイいじってるんだよ。あの光景は異常だよ。」
そう言うと茜は、腕組みをして何度も頷いた。
「確かにな。学校に来てんのに、連絡とる相手もそんなに居ない筈だし。ゲームしたりサイトを閲覧したりしてるのかな。」
「そうだろうね。」
駅の駐輪場から二人は自転車を取り出すと、自転車を押して隣に歩いた。
「しかもさ、小学生の頃とかゲームは一日一時間にしなさい!とか言ってた親が、今は仕事が休みの日は一日中スマホでゲームしてるし。」
「俺達、ネットに取り憑かれてるみたいだな。」
「うん、そうそう。ネットっていう生霊が色んな形で呼んでくるわけ。」
ネットに取り憑かれてる、か。その言葉が妙に弘樹の耳に残った。比喩表現として気に入ったのだろうか。その後、二人の間に沈黙が続いた。暫くすると、話題を変えるように茜が口を開いた。
「ところで、最近佐保ちゃんとはどうなの。」
先程とは態度が一変し、茜が弘樹を覗き込むように見てきた。おちょくっているような、且つ興味が有るような表情が少し鬱陶しく感じた。彼女には佐保の事は全て話していた。
「来週の土曜、映画を観る事になった。」
弘樹は、喜びを表情に出さないように軽く言った。それでも、胸は高鳴っていくのが自分でもよく分かった。
「そうなんだ!おめでとー。来週の土曜で海田カップルは成立だねー!」
茜はまるで自分の事のようににこにこしながら言った。少しはしゃぎ気味にも見えた。
「いや、まだ付き合えるかとか決まってねぇよ。」
「もう決まったようなもんでしょ。だって、誰から見ても二人はカップルじゃん。逆に、何で付き合ってないのー?って感じ。」
「仕方ないだろ。俺異性と付き合った事ないから、分かんないんだ。」
ちらりと茜の顔を見ると、心底弘樹の状況を聞いて楽しんでいるようだった。彼女にとって弘樹と佐保の恋事情はまるで、恋愛シュミレーションゲームを見ている感覚なのだろう。
「弘樹は奥手だよね。それで中学の時とか好きな子を他の男にとられてた。」
「うるさい。」
弘樹はあしらうようにそう言うと、足を速めた。それに対して茜は、慣れているといった様子で表情一つ変えずに後をついてきた。
「あはは。それで恋が叶いそうって言うんだから、応援するわよ。」
「勝手にしろ。」
「ちょっと待ってよ。」
急に茜がその場で止り、つられて弘樹も続いて止まり、茜の方へ身体を傾けた。茜はカバンの中を探り始めた。そして、カバンの中から黄色い花柄のバインダーを取り出し、その中から紙切れを二枚取り出して、弘樹に差し出した。
「これ、あげるよ。」
「もしかして、映画のチケットか。」
「当ったりー!」
茜がカバンから取り出したのは、弘樹と佐保が来週の土曜日に観に行く予定だった映画のチケットだった。
「いやぁね、友達がチケット買ったけど夏休みは合宿だし、部活も忙しいとかでさー。観に行く暇が無いからって言って貰ったんだよね。」
「お前、たまにうざいけど良い奴だな。」
弘樹は茜からチケットを受け取ると、ポケットの中から財布を取り出し大事そうにしまった。
「ちょっと、最初の一言は余計だよ。」
茜が声を張ってつっこんだ。
「そうだな。良く言うと天真爛漫。」
「何それ褒めてるの。」
茜がははは、と声を出して笑った。それを見た弘樹も、自然と笑みが溢れた。弘樹は茜の、素を隠さないところが好きだった。
「弘樹は幼馴染だからね~。頑張ってもらいたいよ。」
「茜、有難な。俺頑張るよ。」
「良いよ。私が恋愛物の映画を観てもどうせ寝ちゃうし。その代わり、チケット譲ってくれた子から映画の感想聞かせてって言われてるから、観た後はこっそり連絡して内容を教えてね!」
「分かった、任せてくれ。」
「頼むよ~!」
弘樹はにっこりと笑っている茜に礼を言い、自宅に帰った。
「えーっと…、インターネット依存症とは、日常生活に干渉をおよぼす程の、インターネットへ過剰に依存した状態を指す…。」
検索して上の方に出てきたサイトを適当に開き、ざっと目を通してみる事にした。弘樹にはインターネット依存症の自覚があり、日常に支障が出てしまうのなら治すべきだろ思ったからだ。この先の人生の弊害ならば、早急に対策を打ってしまいたかった。
「臨床的には、賭博依存症と平行な位置づけである「特定不能の衝動制御の障害」に分類される…。」
臨床心理学者の文章や診断基準などを見るにつれ、階段をゆっくりと一段ずつ降りていくように、心が落ち込んでいった。同意せざるを得ない項目から、現代社会においては誰にでも当てはまるのではないかといった項目もあった。他にも、ネットへの依存度をチェック出来るサイトや、ネット依存について議論を交わしているサイトなどもあった。とてもじゃないが、電車に乗っている駅三つ分の時間だけでは見切れなかった。
電車から降りる時も、席から立ち上がった時は胃が重たく感じた。これから少しずつ生活習慣を改めていかなければ、堕落してしまう…。そんな恐怖に襲われ、スマートホンに触れることにも、罪悪感のような物が生じた。
「あら、弘樹じゃん。」
弘樹の後ろから、幼馴染の富沢茜が声を掛けてきた。どうやら隣の車両に居たようだった。
「あぁ、茜か。」
「あぁ、茜かって何よ。」
改札口に定期券を当てて抜けると、茜は隣まで歩いてきた。
「なぁ、」
弘樹は歩きながら、横目で茜の顔を見た。茜も、きょとんとした顔で弘樹を見つめている。
「何、弘樹。どうしたの。」
「俺ってネット依存症なのかな。」
茜は目を点にさせて弘樹を見つめた。反応に困ってるようだった。
「どう思うかな。」
茜は言いたい事を頭の中でまとめているのか口を紡いでいた。
「まあ、便利な世の中だし、皆そうなんじゃないかな。」
「そうかな。」
「だってさ、クラスの皆が休憩時間にはケータイいじってるんだよ。あの光景は異常だよ。」
そう言うと茜は、腕組みをして何度も頷いた。
「確かにな。学校に来てんのに、連絡とる相手もそんなに居ない筈だし。ゲームしたりサイトを閲覧したりしてるのかな。」
「そうだろうね。」
駅の駐輪場から二人は自転車を取り出すと、自転車を押して隣に歩いた。
「しかもさ、小学生の頃とかゲームは一日一時間にしなさい!とか言ってた親が、今は仕事が休みの日は一日中スマホでゲームしてるし。」
「俺達、ネットに取り憑かれてるみたいだな。」
「うん、そうそう。ネットっていう生霊が色んな形で呼んでくるわけ。」
ネットに取り憑かれてる、か。その言葉が妙に弘樹の耳に残った。比喩表現として気に入ったのだろうか。その後、二人の間に沈黙が続いた。暫くすると、話題を変えるように茜が口を開いた。
「ところで、最近佐保ちゃんとはどうなの。」
先程とは態度が一変し、茜が弘樹を覗き込むように見てきた。おちょくっているような、且つ興味が有るような表情が少し鬱陶しく感じた。彼女には佐保の事は全て話していた。
「来週の土曜、映画を観る事になった。」
弘樹は、喜びを表情に出さないように軽く言った。それでも、胸は高鳴っていくのが自分でもよく分かった。
「そうなんだ!おめでとー。来週の土曜で海田カップルは成立だねー!」
茜はまるで自分の事のようににこにこしながら言った。少しはしゃぎ気味にも見えた。
「いや、まだ付き合えるかとか決まってねぇよ。」
「もう決まったようなもんでしょ。だって、誰から見ても二人はカップルじゃん。逆に、何で付き合ってないのー?って感じ。」
「仕方ないだろ。俺異性と付き合った事ないから、分かんないんだ。」
ちらりと茜の顔を見ると、心底弘樹の状況を聞いて楽しんでいるようだった。彼女にとって弘樹と佐保の恋事情はまるで、恋愛シュミレーションゲームを見ている感覚なのだろう。
「弘樹は奥手だよね。それで中学の時とか好きな子を他の男にとられてた。」
「うるさい。」
弘樹はあしらうようにそう言うと、足を速めた。それに対して茜は、慣れているといった様子で表情一つ変えずに後をついてきた。
「あはは。それで恋が叶いそうって言うんだから、応援するわよ。」
「勝手にしろ。」
「ちょっと待ってよ。」
急に茜がその場で止り、つられて弘樹も続いて止まり、茜の方へ身体を傾けた。茜はカバンの中を探り始めた。そして、カバンの中から黄色い花柄のバインダーを取り出し、その中から紙切れを二枚取り出して、弘樹に差し出した。
「これ、あげるよ。」
「もしかして、映画のチケットか。」
「当ったりー!」
茜がカバンから取り出したのは、弘樹と佐保が来週の土曜日に観に行く予定だった映画のチケットだった。
「いやぁね、友達がチケット買ったけど夏休みは合宿だし、部活も忙しいとかでさー。観に行く暇が無いからって言って貰ったんだよね。」
「お前、たまにうざいけど良い奴だな。」
弘樹は茜からチケットを受け取ると、ポケットの中から財布を取り出し大事そうにしまった。
「ちょっと、最初の一言は余計だよ。」
茜が声を張ってつっこんだ。
「そうだな。良く言うと天真爛漫。」
「何それ褒めてるの。」
茜がははは、と声を出して笑った。それを見た弘樹も、自然と笑みが溢れた。弘樹は茜の、素を隠さないところが好きだった。
「弘樹は幼馴染だからね~。頑張ってもらいたいよ。」
「茜、有難な。俺頑張るよ。」
「良いよ。私が恋愛物の映画を観てもどうせ寝ちゃうし。その代わり、チケット譲ってくれた子から映画の感想聞かせてって言われてるから、観た後はこっそり連絡して内容を教えてね!」
「分かった、任せてくれ。」
「頼むよ~!」
弘樹はにっこりと笑っている茜に礼を言い、自宅に帰った。