失 楽 園
……――温め直したシチューの
甘い香りを楽しみながら、
私は冷やしておいたレタスを
サラダにする為に大きなボールに
千切って入れた。
その時、玄関のドアが
開く音がした。
次いで、「パパーっ」という、
嬉しそうな林檎の声が聞こえた。
視力を失ってから、
聴力が良くなったかのように思う。
私の見る世界は真っ暗だけれど、
ちょっとした物音で、
僅かに色を取り戻す。
それは結局記憶に刻まれた色を
再生しているだけに
過ぎないのだけれど。
私は音という音に
敏感になっていた。
しかし、あの男はまるで
蛇のようだと思う。
あの男は一切の足音、
あるいは気配を断ち、
まるで暗闇から現れた
蛇のように私の元に
寄ってくるのだ。
「――美夜」
いきなり名を呼ばれ、
私は小さく悲鳴をあげた。