蒼い雨に濡れながら

(二)

健一は歩きながら、存心館にある時計台を振り返った。無表情に時を刻んでいる時計台が、にやりと笑った気がした。健一は突然立ち止まった。後ろを歩いていた受験生が健一にぶつかりそうになって、慌てて健一を避けた。彼は健一の側をすり抜ける時に、不満げに健一を睨んだ。入学試験が終わった衣笠キャンパスは帰路に就く受験生で大混雑している。ハンドマイクを持ってバスを案内している職員の声も興奮しているのか、スピーカーが割れるほどの大声だ。合格電報を受け付けている学生達も、どこか殺気立って見える。健一も後ろから押されるようにその混雑の中を歩いていた。そんな中で健一は突然立ち止まって時計台を振り返ったのだ。健一を避けるように、健一の側をすり抜ける受験生達は、一様に、「こいつ何しとんねん。邪魔な奴ちゃ」とでも言いたげに、健一を見た。
そんな周囲の冷たい目線に健一は頓着していない。今の健一は自分を満たしている充実感に浸っていた。久し振りに、忘れかけた自信が健一を満たしていた。いろいろ御託を並べても、やっぱり嬉しいもんだね。健一は時計台に語り掛けた。三年ぶりだよ。こんな気持は。
最後の日本史の解答用のマークシートを伏せた時、健一は心の中で、思わず小さくガッツポーズをしていた。
受験の合否には三つの実感がある。一つ目は、言わずと知れた、合格したという実感である。二つ目が、落ちてはいないという実感で、三つ目が確実に失敗したという実感である。そして、一つ目と二つ目を実感した時、その受験生は間違いなく合格しているのである。
今日の健一には、一つ目の実感があった。三つ目の実感以外に久しく感じなかった一つ目の実感があったのである。
第二志望には行きたくないの、京大が全てだの、いろいろと御託を並べてきたが、合格したに違いないという実感は、やはり、どうしようもなく嬉しかった。
健一は、恥じらいながらも、時計台に向かって、心の中で、大きく拳を上げてガッツポーズをした。そんな健一を見て、時計台が、にやりと笑った。
だろう。受験してよかったじゃないか。今年は来るんだよ。京大が駄目だったら、きっと来るんだよ。そう言って、にやりと笑った。
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