蒼い雨に濡れながら
第5章 蒼い雨に濡れながら

(一)

驚愕に見開いた佳子の目が健一を見つめている。俊太郎は、腕組みをしたまま、じっと目を瞑っていた。こめかみに青筋が浮かび、それは、今にも爆発しそうにピクリ、ピクリと脈を打った。
「どうしても、行きたいんです。もし京大が駄目だったら、もう一度だけやらせてください」健一は、ひきつった顔で両親に言った。「全力を尽くします。何としても、合格します。その前に逃げ道を作りたくない」
「何を寝言みたいなことを言っているのか。お前のそんな話は聞き飽きた。今年京大に合格する保証がどこにあるのか。友達はもうすぐ就職するというのに、何時まで親に甘える気でいるのか」俊太郎は喉元まで出掛かっている怒号を必死で抑えていた。
一端驚愕に見開かれた佳子の目が哀しそうに雲って健一を見つめている。「何を馬鹿なことを言っているの。もうお前の限界は分かっているはずじゃないの。どうして素直になれないの?どうして素直に立命館に合格したことを喜んで、そして、最後のチャレンジをしないの?」佳子も喉元まで出掛かった言葉を飲み込んでいた。
「とにかく、今は余計なことは考えないで、二次試験に全力を尽くせ。いらんことを考えていると、入るものも入らなくなる。とにかく邪念を捨てて、全力でやることだ。
ただ、立命館の入学金は納めておく。親としての責任だ。お母さん、予定通り明日振込みなさい」俊太郎は吐き捨てるように、そう言うと席を立った。
「健一」佳子が口を開いた。自分の気持ちを話す気だった。
だが、健一は、それを無視して腰を上げた。
「健一」佳子の怒号が響き渡る。
だが、健一は返事もせずに、そのまま二階へ上がって行った。
「馬鹿が」佳子が呻くように呟いた。二人が居なくなった部屋にある巨大な座卓の存在がやけに虚しい。と言うより、部屋全体が日常から切り離されて虚無の中に放り投げられたような空虚さで覆われている。佳子は、座卓の前に座ったまま動くことが出来なかった。立命館の合格で一挙に変わった我が家の雰囲気が一挙に泥沼に引き戻された。腹立たしさもある。だが、それ以上に悔しかった。独りで座っている佳子の目からポツンと涙が零れた。
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