誇り高き




「ふぅ。梓堂の甘味はとても美味しいですね」

梓堂とは、紅河が泥棒を捕まえた甘味屋である。

お礼にと、女将が大量の団子をくれたのだ

しかし甘味好きだが、とても食べきれる量では無く。

増してやこの男所帯に甘味好きなどあまりいない。

どうしようかと悩んだところ、紅河はある甘味好きを思い出した。

沖田総司である。

彼は、期待通りに大量の甘味をぺろりと平らげてくれたのだった。

「お腹いっぱいにもなりましたし、馬鹿な永倉さんでもわかるようにお話ししましょうか」

「おい、総司。今馬鹿って言っただろ」

「空耳じゃないですか?」

「ぁあ?俺の耳にはしっかりと聞こえてんだよ!」

「本当の事ですし。馬鹿でしょう?」

「言ったな?おい道場行くぞ。試合やろうぜ」

「そう言う所が、馬鹿と言われる所以だと思うんだが」

呆れた紅河の言葉に、斎藤は同意を示そうとして、あることに気が付き驚いた。

「お前……口調が…」

「紅河さん。敬語じゃない…?」

始めて話した時と同じ口調。

其れは男の紅河では無く、女の紅河だった

「自分の部屋だ。息くらいついてもいいだろう」

敬語は息が詰まる。

紅河は今にも寝転がりそうな風情だ。

「疲れるなら、何も自分を偽らなくてもいいんじゃねぇの」

「そう言う問題ではないな」

永倉の言葉に紅河は怠そうに言う。

「私、紅河さんは私達のことを警戒しているのかと思いました」

「山崎が此処にいる時点で、警戒はしていない」

沖田の言葉には、少し穏やかに言った。

「話が逸れてるぞ」

斎藤が冷静に話を戻す。

彼は歓迎会で話を聞いていたから、驚いただけで、理由は聞かなかった。

「そうだったな。其れでお前らは何が気になったんだ?」

「俺が、気になったなのは、不逞浪士達の襲撃が計画的だと言うことだ」

「計画的?」

「あぁ。組長のいない時に、大人数で待ち伏せ、挟み撃ち。どう考えても計画されていたとしか考えられん」

「だがよ。その待ち伏せってのが腑におちねぇ。巡察の通る道は、その時々によって違う。待ち伏せなんて出来るもんじゃねぇ」

「つまり、永倉さんは偶然だと思ってるんですか?」

「おうよ。だってそうだろう」

紅河は筆と紙を取り出した。

「一つ、言い忘れていたが……」

紅河はさらさらと、当時の状況を紙に描いた。

「その日は、伍長の中西が前以て巡察の道を決めていた。前日に其れを私達は聞いた。当日、その通りに動いたからその情報を得れば、待ち伏せは簡単だ」

「中西さんも不用心ですね…」

沖田は若干眉を寄せている。

「間者がいた恐れがあるな」

斎藤は剣呑に呟いた。

「因みに不逞浪士は長州藩士だそうだ」

「何⁈其れを早く言えよ!」

「でもこれで、偶然の説は完璧に消えましたね」

「となると間者が誰かだな」

「さりげなく、気を配って探しますか」

「俺も自分の隊の隊士に、気を配って見るぜ」

「永倉さんはいいですよ。確実に暴露ますから」

「んだと?」

急に張り詰めた空気が弛んだ。

紅河は、ぱたんと寝転がる。

「紅河?」

「……疲れた」

「お前なぁ、其れくらいで疲れてどうするんや」

いきなり、天井から呆れた声が降ってくる

「うお⁉︎山崎か」

紅河は最初からいるのに気がついていたらしい。

ちらり、と山崎がいる辺りに視線を向ける

「副長が呼んでる」

紅河はだらんと四肢を投げ出した。

面倒くさいと言う無言の抵抗だ。

「紅河」

静かな山崎の声がする。

紅河は、目を閉じた。

次の瞬間。

_______ドスッ

紅河の首すれすれに苦無が突き刺さった。

「早よ行け」

紅河は溜息を着くと緩慢な動作で立ち上がる。

去り際、紅河は山崎に向かって苦無を投げて行った。

目にも止まらぬ早さで投げられた苦無は天井を貫き小さいが穴を開けた。

山崎の告げ口によって、その穴は土方にばれ、紅河は一日使い走りにされ、散々こき使われた。


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