デキる女の方程式
河本さんの葬儀は自宅近くにある小さな教会で、ひっそりと行われた。
棺の中の彼女の笑顔は、これまで見たどんな顔よりも優しく、穏やかだった。
「私、河本さんのような人になりたくて、看護師の道を選びました。まだまだ経験不足な所ばかりですけど、これからもずっと、目標にしていきたいと思っています…」
息子さんにそう言うと、彼は納得したように頷いていた。
「僕も母を嫌いながらも、自分は作業療法士をしています。これも、看護師として人の役に立とうと、懸命に働いていた母の姿を見てきたからだと思います…」
決して、置いて行きたいと思って出て行った訳ではないと、心の何処かでずっと彼女を信じていた。子供の自分には話せないようないろんな葛藤が、そこにはあったんだろうと理解を示していた。
「いい経験をさせて頂き、ありがとうございます…」
棺の彼女にお礼を言って、花を捧げた。
教会を出ると、空は高く晴れ渡り、気持ちのいい風が吹いていた。
ゆっくりと歩き出す足元に、冬の訪れを感じる。もうすぐ彼と付き合い始めて、半年が経つな…と考えていた。
(顔見たいなぁ…)
研修医という仕事がら、自由など殆どない。特に彼のような駄目出しばかりされる人は、課題も多い。
(仕方ないか…これもいい医師になる為だし…)
いつか聞いたどんな医師になりたいかという返事も聞かれないまま、この数カ月が過ぎていた。でもそれも、なんだか聞かなくてもいいような気もしていた。だって…
「レイラさん…!」
バイクのエンジン音と共に、こっちに向かって来る彼の姿が見えた。
「なお君…⁉︎」
目を瞬きさせ、近づいて来る彼を見た。信じられないタイミングの良さに驚いた。
「葬儀もう終わった?」
側でバイクを止め、聞かれた。
「うん。ついさっき…」
ぽかんとしたまま答えると、心底残念がられた。
「そっか…。一目会って、お別れ言いたかったんだけど…レイラさんが目標とする人に…」
生前、彼に一目会いたいと言っていた彼女の言葉を思い出した。あの時は、ドジばかり重ねる彼を恥じてる気持ちもあって、複雑な思いだったけど…
「会ってもらっとけば良かった…」
一つだけ心残り。あの方なら、絶対喜んでくれたと思うのに…。
後悔と彼に対する申し訳なさとで、大きな溜め息が出た。その意味を、彼は分からず不思議がった。
「なんでそんなに気落ちしてんの?」
人の良さそうな顔してる。その様子に少し笑みがこぼれた。
「私の大切な人を自慢できなかったから」
そう言って歩き出す私を、彼があ然…とした表情で見つめてる。その顔に目を向け、腕に手を回した。
「貴方には私がついてるんだから、絶対にいい医者になれるって、河本さんに自慢したかったの!」
恥ずかしげもなくそう言われ、彼の方が戸惑ってる。自分に自信がないのは、何より本人だと分かってるから…。
「デキる女にはデキる男がつくんだって、証明してみせて。その為に私、側にいるのよ!」
うん。これが導き出した答え。彼ならきっと、人並み以上の医師になれる。
「そんな大見得切って平気?後悔しない?」
不安げな顔する。でもそれも承知の上。
「しない。私、なお君が誰より大事だから!」
私の気持ちを誰よりも先に察してくれる。しっかりと考え、寄り添ってくれる。そんな人は、この人以外いない。
「貴方にしかなれない医師になって。ずっと応援するから」
まだまだ道のりは長いけど、二人でならきっと、乗り越えて行ける。どんな事も上手く分け合って…。
「うん。よろしく」
肩を抱き寄せ、額にキスされた。年下の彼にそうされるのが、何より一番嬉しかった。
「大好き…」
強がって意地ばかり張らなくてもいい。彼の前では、デキる女でなくてもいい。
(私は私らしく、この人の隣で生きていく……!)
棺の中の彼女の笑顔は、これまで見たどんな顔よりも優しく、穏やかだった。
「私、河本さんのような人になりたくて、看護師の道を選びました。まだまだ経験不足な所ばかりですけど、これからもずっと、目標にしていきたいと思っています…」
息子さんにそう言うと、彼は納得したように頷いていた。
「僕も母を嫌いながらも、自分は作業療法士をしています。これも、看護師として人の役に立とうと、懸命に働いていた母の姿を見てきたからだと思います…」
決して、置いて行きたいと思って出て行った訳ではないと、心の何処かでずっと彼女を信じていた。子供の自分には話せないようないろんな葛藤が、そこにはあったんだろうと理解を示していた。
「いい経験をさせて頂き、ありがとうございます…」
棺の彼女にお礼を言って、花を捧げた。
教会を出ると、空は高く晴れ渡り、気持ちのいい風が吹いていた。
ゆっくりと歩き出す足元に、冬の訪れを感じる。もうすぐ彼と付き合い始めて、半年が経つな…と考えていた。
(顔見たいなぁ…)
研修医という仕事がら、自由など殆どない。特に彼のような駄目出しばかりされる人は、課題も多い。
(仕方ないか…これもいい医師になる為だし…)
いつか聞いたどんな医師になりたいかという返事も聞かれないまま、この数カ月が過ぎていた。でもそれも、なんだか聞かなくてもいいような気もしていた。だって…
「レイラさん…!」
バイクのエンジン音と共に、こっちに向かって来る彼の姿が見えた。
「なお君…⁉︎」
目を瞬きさせ、近づいて来る彼を見た。信じられないタイミングの良さに驚いた。
「葬儀もう終わった?」
側でバイクを止め、聞かれた。
「うん。ついさっき…」
ぽかんとしたまま答えると、心底残念がられた。
「そっか…。一目会って、お別れ言いたかったんだけど…レイラさんが目標とする人に…」
生前、彼に一目会いたいと言っていた彼女の言葉を思い出した。あの時は、ドジばかり重ねる彼を恥じてる気持ちもあって、複雑な思いだったけど…
「会ってもらっとけば良かった…」
一つだけ心残り。あの方なら、絶対喜んでくれたと思うのに…。
後悔と彼に対する申し訳なさとで、大きな溜め息が出た。その意味を、彼は分からず不思議がった。
「なんでそんなに気落ちしてんの?」
人の良さそうな顔してる。その様子に少し笑みがこぼれた。
「私の大切な人を自慢できなかったから」
そう言って歩き出す私を、彼があ然…とした表情で見つめてる。その顔に目を向け、腕に手を回した。
「貴方には私がついてるんだから、絶対にいい医者になれるって、河本さんに自慢したかったの!」
恥ずかしげもなくそう言われ、彼の方が戸惑ってる。自分に自信がないのは、何より本人だと分かってるから…。
「デキる女にはデキる男がつくんだって、証明してみせて。その為に私、側にいるのよ!」
うん。これが導き出した答え。彼ならきっと、人並み以上の医師になれる。
「そんな大見得切って平気?後悔しない?」
不安げな顔する。でもそれも承知の上。
「しない。私、なお君が誰より大事だから!」
私の気持ちを誰よりも先に察してくれる。しっかりと考え、寄り添ってくれる。そんな人は、この人以外いない。
「貴方にしかなれない医師になって。ずっと応援するから」
まだまだ道のりは長いけど、二人でならきっと、乗り越えて行ける。どんな事も上手く分け合って…。
「うん。よろしく」
肩を抱き寄せ、額にキスされた。年下の彼にそうされるのが、何より一番嬉しかった。
「大好き…」
強がって意地ばかり張らなくてもいい。彼の前では、デキる女でなくてもいい。
(私は私らしく、この人の隣で生きていく……!)


