CHECKMATE


「体調が悪いのか?」
「へ?」
「いや、何でもない」

唐突に質問されて唖然とする夏桜。
そんな夏桜の顔色を確認し、安堵した表情を浮かべた千葉。

「行くぞ」

今のは一体何だったのか、よく分からないまま玄関へと向かう夏桜。

無造作にワックスで纏められている千葉の髪に自然と目が行った。

内向的な性格の夏桜にとって、お洒落は無縁であった。
いつでも注目の的だった幼少期。
異常なほど周囲の視線が向けられ、恐怖心を抱かずにはいられなかった。

だから、自然と備わった防御の方法が、目立たず、静かに、平常心を保つという事であった。

お洒落の仕方を知らない訳じゃない。
年齢相応の情報は得ているつもりだ。
だが、実際の生活はというと、至極淡白で我慢の連続であった。

そんな夏桜の目の前に、ドラマにでも出て来そうなイケメンが現れ、しかも寝食を共にし、毎日ボディーガードまでしてくれている。
これまでもボディーガードのような存在の人がいたこともある。
けれど、今回ばかりは何かが違った。

その感情が何のなのか、夏桜には分からなかったが、胸の奥に閉じ込めていた思いが少しずつ溶け出し始めていた。

玄関で革靴を履く千葉。
壁に片手をつき、腰を折りながら靴ベラで靴を履いていると、夏桜の指先は無意識に彼の髪へと伸びていた。

夏桜は本当に純粋な気持ちで、どれくらいの硬さで髪が纏められているのか、確かめずにはいられなかった。
そんな夏桜の気配を感じ取った千葉は、振り返ったと同時に夏桜の手首を掴んだ。

お互いに無意識の行動とはいえ、咄嗟の行動に言い訳の言葉が中々出てこない。
自然と絡まる視線、時が止まったかのようで。

そんな状況に耐え切れなくなった夏桜は、腕を引っ込めようと力を込めた。
だが、そんな夏桜の腕をぎゅっと掴んだまま、眉間にしわを寄せた千葉。

靴ベラが床に落ち、カランと音が玄関に響いた。

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