CHECKMATE
「コイツの方がいいか?」
「へ?ッ?!」
千葉の声がし振り返ると、黒い艶の中にも青々と光る毛並みの馬が後方に現れたものだから、夏桜は一瞬で硬直した。
着替え終わった千葉が、青鹿毛(あおかげ)の馬を引いて現れたのだ。
そんな夏桜を見て、笑いを堪える千葉。
手綱を井上に預け、夏桜の頭にポンと手を乗せた。
「まずは、自己紹介しないとな?コイツらは、ちゃんと言葉を理解してるから」
「え?」
「スノー、この人は東夏桜さん。俺の仕事仲間だ。彼女は馬に乗ったことが無いから、宜しく頼むな?」
千葉がスノーの顔を撫でながら優しい声音で話すと、スノーはブルルッと返事のようなものをした。
それを見た夏桜は驚き、目を見開く。
「おいで」
千葉が夏桜を手招きすると、緊張しながらもゆっくりと近づく夏桜。
そして、千葉に手を取られ、そっとスノーに触れた。
温かくて、滑らかな毛並み。
夏桜は、生まれて初めて馬に触れた。
「馬って、大人しいのね。もっと暴れてるイメージしかなかったから……」
「テレビや映画の見過ぎだろ」
「…………かもね」
2頭は千葉家所有の馬で、特にスノーは千葉のお気に入りの愛馬だ
挨拶を済ませた夏桜は、井上の手を借りて、騎乗の基本を習った。
楽しい時間はあっという間に経ってしまい、昼休憩を取ることにした。
クラブハウス内のレストランで食事を摂る際も、夏桜は騎乗スタイルを反復している。
「フフッ」
「何かおかしい?目線は真っすぐでしょ?頭が脊柱の真上に位置してて、肩の力を抜く。そして、胸を張って肘は適度な角度に曲げて………、それからどうするんだっけ?…………あっ、坐骨だ!」
すっかり乗馬を楽しんでいる夏桜を目にし、千葉は安堵した。
自宅マンションに帰れば、再び不安に襲われるだろうから。
股関節の痛み逃しをしているうちに、お腹の痛みをすっかり忘れている夏桜。
そんな彼女を優しく見つめ、千葉もまた心から楽しんでいた。