夢のような恋だった

それでも、そんなことに気を取られているうちに涙は乾いてきて、
口実のつもりだったけど今更降りるとも言えないのでタクシーで帰る。

ついた時には予想以上の出費にげんなりしてしまったけれど。


部屋に明かりをつけて、いつもと変わらぬ光景を見て思う。

今日起こった事が、皆夢だったらいいのに。


私と智くんは再会なんてしてなくて。
そのままずっと会わないまま人生を終える……。

そうしたら、私は思い出を大切に抱えたまま生きていけたかも知れないのに。


想像してみて、違和感に唇を噛みしめる。

違う。
私が望んでるのはそんなことじゃない。


「……もう、ヤダ」


会えたのは嬉しかった。
昔みたいに胸が踊って、懐かしさに泣きたくなった。

でも、それは私にとってだけで、智くんには違ったってこと。


会えるのならば、いっその事記憶喪失にでもなって一から始めたかった。

負い目も何もかも消した状態で会えたなら。
きっと恋を始めることも出来たのに。




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