ある派遣社員の男
男はカップを手に取ると、足早に男子トイレに向かった。‌‌
一つは、単純に膀胱がトイレを求めていたのと・・。‌‌
もぅ一つは、頭に吹き出る憤りからだった。‌‌
係長補佐が、サーバー管理上で起きた小さなミスを会社にチクり。‌‌
なんと、『社会研修日報』と言う名の、言わば読書感想文を週一回書かされるハメになったのだ。‌‌

男は、ムシャクシャしながら尿の前半を普通にトイレに出すと。‌‌
器用に、後半の尿をカップに採取した。‌‌
前半に尿を採取すると、余分に出た尿で手を汚しかねないからだ。‌‌
まるで人間ビールサーバー。‌‌
職人の域である。‌‌

そして、わずかな温もりのあるそれを給湯室前まで運ぶと、例のようにコーヒーポットにそれを注いだ。‌‌
コーヒーポットは何も言うことなく『保温中』のランプを点灯させた。‌‌
まるで、その小さな赤いランプが彼の不満を受け入れているような・・そんな気さえする。‌‌

最近では、カップに並々入れて持ってきた事もあったな。‌‌
しかし・・彼は思う。‌‌
じゃあ、もしもコーヒーポットに入っているのが人間の尿で。‌‌
俺がカップに入れたコーヒーをポットに入れたらどうなるだろうか・・?‌‌
それはもうコーヒーじゃない。‌‌
コーヒーを何十倍にも薄めた尿ではないか?‌‌
男は、持参した水筒を見ながら思った。‌‌
採取した尿を水筒で運び、コーヒーを混ぜる。‌‌
なんてことはない簡単な仕事だ。‌‌
出来るか?‌‌


それから男の、コーヒーポット分の地道な採取作業が始まった。‌‌
水筒は二本持参。‌‌
一本は飲む用で、一本は出す用だ。‌‌
どんなにヘマをしようとも、どんなに上司に冷やかしをされようとも。‌‌
男は採取を続ける限り、腹の中で笑うのだった・・。‌‌
< 3 / 6 >

この作品をシェア

pagetop