男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
1つ目は…ほぼ固定メンバーで構成されていて、プラス1人か2人は"Platina Call"で決まると聞いている。
固定メンバーばかりだと監査員の顔も分かっているので、逆に不正データを隠蔽(いんぺい)したり改ざんしたりする人がいるため、その防止策として特別招集がかけられ選出される。

2つ目も固定メンバーで、叶先輩はそのうちの1人だ。
彼女は、他のメンバーと共に【産休・育休を取っても復帰後、役職の降格などが無いか】などをアセスメントしたり「ハラスメントを受けていて、部署を変わりたい。」などの相談を親身になって聞いてくれる。そして、多少の時間を要しても改善してくれるということで社員から絶大な信頼を得ている。

3つ目の仕事のクライアントは主に病院や銀行などで、これまで【人間が手作業で行ってきた業務を機械化】したことによる仕事だ。
基本的にメンテナンス作業は開発部の仕事らしいけど、外勤メンバーが出払っていて人手が足りないと営業部にも応援要請としてCallが掛かるようだ。

4つ目の仕事は、新商品発表の場やうちが主催するIT講習など…業界関係者が集まる場で我が社の開発技術を盗み、自分たちの会社から発表しようとする人の抑制を仕事とする。

「僕も新一から聞いた話を受け売りで話すけど…。」という誠さんから伝え聞いた話によると――。

データの抽出によく使われるのは、ハッキングやウィルスプログラムの侵入させるという手法らしい。これを妨害するために"逆ハッキング"を仕掛ける必要があるという。

この作業を熟知していて、秒単位の仕事ができる…いわゆる“ホワイトハッカー”は、我が社でも現時点では10人も居ないと聞く。

誠さんや“常務”の弟さんで、〔開発課〕と〔営業課〕を束ねている部長の鳴海新一さんや〔営業課〕の本条、朝日奈(あさひな)(つつみ)課長…そして役職付きを除けば実質"営業課のNO.1"と言われる工藤さん――。
あとは〔開発1課〕の結城(ゆうき)課長と西澤(にしざわ)主任。そして〔マーケティング部 海外市場課〕の椎名(しいな)課長あたりが、いざという時に“ブラックハッカー”と頭脳戦を繰り広げるポジションに居てくれていた気がする。

「何言ってるのー。ここまできたら会社として対処しなきゃいけないレベルよ。雅ちゃんの気持ちが一番だし、あなたが困らないようには対策を練らなきゃいけないけど…もう本当に〔開発営業部〕に行った方が良い気がしてきたわ。柚奈ちゃんも居るしね!……安心して?異動先が決まったら、上司になる人には『環境の変化で体調を崩しやすいから気をつけてあげて』とは必ず言っておくし、陰口なんか叩かせないようにキツく言っておくから。」

「私も…鳴海部長や本条課長の下なら、やっていけるかもしれません。実際にやってみないと分からないですけど…。さっきの話聞いてからお2人に対して安心感があるんです。…下手に〔販売促進部〕とか、他の部署になるより安心かなと思います。そうですね、柚ちゃんの存在は何よりも大きいです。」

私は素直な気持ちを口にした。

「あら。本当に思ってるより安心したみたいで良かったわ。…まぁ、返事は今すぐじゃなくてもいいから自分でじっくり考えてね。…え。何をどう間違っても、美島さん本人が居る〔販売促進部〕なんかに異動なんてさせないから大丈夫よ。」

叶先輩が、茶目っ気たっぷりに〔販売促進部〕への異動の可能性を完全否定してくれるから、なんだか可笑しくなってくる。

話が落ち着いた時、まるでタイミングを計ったかのように、コンコンとノックの音が耳に届いた。

「はい、どうぞ。」

私がそう返事すると、まずは本条先生が…そして彼の後ろに続く形で白石先生が入ってきた。

「申し訳ありません、姫野さん。お待たせしてしまい…。」

「ごめんなさい、本当にお待たせしてしまって…。」

「いいえ。滅相もないです、先生方。他の患者さん、落ち着かれましたか?私の方こそ、あまり先生たちのお世話にはならない方が良いのに…また救急搬送されちゃって…。」

3人で顔を合わせるなり…お互いに謝り出すという、妙な構図が出来上がってしまった。

「お気遣いありがとう。相変わらず姫野さんは優しいですね。『また救急搬送されちゃって。』なんて言わないように。調子が悪かったら遠慮せずに来る。約束でしょう。でも笑顔になってるってことは、ひと眠りして症状が落ち着いたってことだね、よかった。……ひとまず聴診します。」

そう言って私の心音と呼吸音を確かめる本条先生は、内科全般を診ることができるドクターで…この病院の副院長。
物腰柔らかで爽やかな印象の先生は、子供にも大人にも好かれている人気者だ。

"塩系男子"なんて言葉があるけど…先生は正しくそれに当てはまる。
黒髪のショートヘアは無造作にセットされていても清潔感を十分に感じられて、先生の端正な顔立ちを際立たせている。
おまけに身長も180cmぐらいありそうだから、人目も引くらしく『妻子持ちなのに、先生への告白は日常業務の一部のように行われている』なんて風の噂で聞く。

「はい、ありがとう。大分きれいだけど、発作起こした後だから少しヒューヒューいってますね。でも心拍は早くないので大丈夫、心配ないですよ。……ただ、今夜は眠れそうですか?運ばれてきた時、ここ最近では一番大きな発作を起こしてました。よほど嫌なこと、もしくは焦るようなことが起きたんじゃないかと推測してますが…どうですか?」

さすがは先生。よく分かってくれている。

「…自信がないです。何事もなくすぐ眠れるかもしれませんが、目を閉じると"常務にキスされそうになった瞬間"が浮かんでくるかもしれません。」

自分で"事実"を言葉にしていると、身体が小さく震え出すのが分かった。

「えっ!?…剛さん、そんなことしようとしたの!?……あっ!お話し中、失礼しました。続けて下さい。」

本条先生との会話中に、叶先輩の驚いた声が飛んできた。

「いえ、構いません。花森さんも驚かれているということは、事情を聞き状況をご存知だったわけではないんですね。」

「はい。事情を聞いたのは彼の兄である誠さんでしたから…。」

「そういうことでしたか。…ご事情は分かりました。……姫野さん、今夜は睡眠導入剤入れましょう。」

本条先生は私を安心させるように、穏やかな口調でそう言ってくれた。

「さて。ここからは白石先生の専門分野なのでバトンタッチしますね。…白石先生、よろしくお願いします。」

「はい。引き継ぎます、本条先生。」

「姫野さん、僕はどうしたら良いですか?このまま一緒にお話聞いてても良いですか?…それとも、席外しましょうか?」

「えっと。叶先輩、さっきの話は…。」

異動の話は…しても良いのかな?

「先生方には大丈夫よ、話しても。むしろお知らせしておくべきことだと思うわ。ただ、まだ決定事項ではないから…それは上手く伝えてね。」

「はい、ありがとうございます。……本条先生にもまだお話ししておきたいことがあります。なので先生のお時間が許すならもう少しここに居て頂きたいです。でも話の流れもあるので、そのタイミングまでお待たせしてしまうんですけど…。」

「大丈夫ですよ、大事な話のようですから聞かせてもらいましょう。」

そう言って本条先生は、壁際に重ねて置いてある丸椅子の1つを白石先生にも渡しつつ、自身は叶先輩の斜め後ろに少し距離を取って座った。

「さぁ。じゃあ、いつもの【ヒヤリング】をやっていきましょうか。姫野さん。…今日は花森さんが(そば)に居た方が安心されますか?…後で大事な話もあるみたいですし…。」

そう言って落ち着いたトーンで…でも優しく問いかけてくれる白石先生は、精神・心療内科のドクター。
色白で顔が小さくて目鼻立ちがしっかりしている“美人さん”だ。身長は、私より少し高いから167cmぐらいはあると思う。
背中まであるミルクティーベージュの髪を1つに結んで医師として淡々と冷静に働いている姿勢は、まさにキャリアウーマン。女の私から見てもカッコイイと思う。
でも決して彼女が淡白というわけではなく、私たち患者の悩みはとことん聞いてくれて向き合ってくれる。先生は“情熱を内に秘めるタイプの人”なのである。

そんな先生は二児のママで、お子さんたちは「ママは優しいよ、大好き!」と毎日言ってくれるのが活力だと話してくれたことがある。

そして実は白石先生と本条先生はご姉弟(きょうだい)で、お2人の下にさらに弟さんがいらっしゃって…それがうちの会社の本条課長だと聞かされた時は、それなりに驚いたものだ。
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