男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「社内のことでいえば、半年に一度の[業績報告会]あるじゃない?その時に配布する資料…あれ、雅ちゃんが作ってるでしょ?」

「はい。私が作っています。常務に任せると永遠に会議ができそうにありませんから。」

「まぁ、剛さんはそうね…機械ダメだから。」

お互い顔を見合わせて苦笑いし、話を戻した。

「それで。話を戻すけど…。そういう資料を交渉材料に持ってきて、まずそこから話が始まったわ。2人とも、『とても見やすい。』とか『ちゃんと見る人のことを考えて【見やすさ】と【分かりやすさ】を重視して作成されたものだと…見て取れます。』ってすごく評価してた。それに、本条さんなんて…『自分が講師を務める講習会の資料なんかも、姫野さんが作ったものも参考にしていたりします。』とまで言ってたわ。」

叶先輩から告げられた言葉に、私は驚きを隠せなかった。

うそ…。
まさか、私の知らないところでそんな風に評価して下さってる人がいるなんて…。

「叶先輩、それ本当ですか…。…だって。私、本条営業課長と…ご挨拶程度でしかお話したことないですよ?…それなのに配布資料の話が出てくるなんて…。しかも『参考にしてる』だなんて…。」

院内だから、トーン抑えて…落ち着いて話すように心がけるけど、内心では叫びたくなるほど嬉しくなる。

だって、今の私の一番の欲求である【認めること】を…お2人とも見事にしてくれたのだから。

「だからやっぱり。見てる人は、ちゃんと【見てる】のよ。しかも、それはまだ序の口だったんだから。[GEST(ジー・イー・エス・ティー)プログラム]中の通訳のことまで話に出てきたのは驚いたわねー。『説明中、瞬時に訳してもらえるのでタイムロスが無くて、非常に助かります』って。」

…えっ、[GESTプログラム]中のことまで!?

[GESTプログラム]とは。
外国人エンジニアに向けて、我が社で毎年行われている…いわゆる[技術向上研修]のことで、"global(グローバル) engineers(エンジニアーズ) skills(スキルズ ) training(トレーニング)"の頭文字を取ってこう呼んでいる。

あー。でも、去年確かに。〔開発営業部〕の案内や説明をした後、研修生たちと営業の外回りに同行させて頂いた際…叶先輩に言われたことと同じことを本条課長にも言われた気がする。

研修期間中であろうと、各部署は通常通り稼働する。

開発なら、コンピューターのOS(オペレーティング システムの略)の最新バージョンの開発や、PC取扱店舗からの修理部品の受注と生産。営業なら、個人や企業への新商品の売り込みなどが主な業務内容になる。

当然OSのプログラムなんて昨日今日でできるものではないから、完成するまで製品に関する会議やデバッグ作業だってある。
また、営業もクライアントと日程を合わせて商談をするわけだから、研修を受け入れるからといって期間中は内勤業務しかやらないというわけにはいかない。

しかし業務をこなしながら通訳まで行うのは、各部署への負担が大きくなってしまう。それで通訳は〔秘書課〕が担うことで円滑になったと聞いている。

去年、外回りの営業に同行させてもらった時には…クライアントとの商談内容を一言一句通訳してあげた。

すると研修生たちは「内容が理解できた。」と喜び、観月くんには「一言一句通訳してたんですか!?」と驚かれた。
そして、本条課長からは「【ニュアンスも含めた、その場合に応じた正確な通訳】で研修生たちもロスタイム無く理解ができ、心強かったと思います。お疲れ様でした、ありがとうございました。」と感謝や労いの言葉を掛けてもらった。

そんなエピソードを、叶先輩の話を聞きながら思い出していた。

「〔開発営業部〕は、本当に…【即戦力】の雅ちゃんを欲しがってた。」

「【即戦力】だなんて…買い被りすぎですよ。」

「いいえ、雅ちゃんは〔営業〕に行っても間違いなく【即戦力】よ。5ヵ国語は通訳できるんだし、本条さんが言ってたように【ニュアンスも含めた、その場合に応じた正確な通訳】もできるんだから。」

叶先輩に満面の笑みでそう言われてポンと肩まで叩かれれば、"そうなのかな"と思えてくるから不思議だ。

「それから、私の思い過ごしかもしれないけど…。雅ちゃん、剛さんに"追いかけ回される"からっていう理由以外にも"思うところ"があったりしない?…どことなく元気がないように見えるから…。」

叶先輩、気づいてたんだ…。

「叶先輩。"それ"、いつから気づいてました?」

「うん?ここ1年ぐらい…顕著(けんちょ)に出るようになったのは、半年前ぐらいかな。『あれ?雅ちゃん元気ない…かな?』みたいな。…言うのが嫌じゃなければ聞かせてほしいな。」

こんなこと言ってもいいのかな…。
でも「聞かせてほしい。」って言われてるし……。

「言ってもいいものか…迷うんですけど…。」

「うん。」

「正直…"私の仕事って、こんな仕事だった?"って自信無くなってきてます。大人になれば、褒められることを求めちゃいけないのかもしれません。でも、なんか違うと思うんです。ただ常務の隣に居て、“女”としてだけ褒められるのは。」

「どういうこと?」

「はい。先方と『姫野さん、お綺麗ですね。』とか『そうでしょう?』みたいな会話に、ここ最近は絶対なります。常務のステータスを上げるための【お飾り】みたいになってて、嫌なんです。本命が茉莉子先輩っていうのも私は知ってますから、余計にかもしれませんが…。それから、仕事に対しての感謝や労いの言葉も減ってる気がします。昔は掛けて下さっていたのに…。もちろん、事ある毎に褒められたくて仕事してるわけじゃないですけど…。」

カミングアウトをしてはみたものの、何となく後ろめたい気持ちになってきて…語尾が小さくなっていく。

「うそ…。やだ、信じられない。そんなこと言ってるの!?…やってることセクハラだし、それは仕事のモチベーションも上がらなくて当然ね。また剛さんの立場とか考えて言わずにいたんでしょ?……もぉー。雅ちゃん、優しすぎるのよ。つらかったでしょう…。これは【プラチナ案件】ね。上げておくわ。」

「【プラチナ案件】……。そ、そこまでではないと思うんですけど…。」

私は、叶先輩の言葉に(おのの)いた。

うちの会社には“Team(チーム) Platina(プラチナ)”と呼ばれる、“問題を解決するための特別なチーム”が存在する。

メンバーは固定のものと、"Platina(プラチナ) Call(コール)"という名の特別招集が掛けられて、適任者がその都度選出されるものがある。

チームの業務内容は――。

1.本社および各支社の業務監査。

2.コンプライアンス関連の調査。

3.我が社が開発したコンピューターシステムを導入し、お仕事されている企業様に対しての"システムメンテナンス"作業。

4.社の記念行事や新商品発表が行われる際のサイバー攻撃への対応。

5.その他、1〜4に該当しそうな疑いのある些細な相談……などである。
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