男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「えぇ、それはもちろんです。私を"信用に値する人間"だと思えて、姫野さんが"話してもいい"と気持ちが固まったら…聞かせて下さい。」

ありがとうございます、工藤さん…。

「姫野さんの普段の様子、先ほどの…氷室先生との会話。その内容を見聞きする限り、"姫野さんは単なる男性嫌いではないかもしれない"と考えを巡らせていたところです。本当に男が嫌いというなら、課長や観月たちがあなたに触れることも拒否するはず…。しかし課長たちは触れられている。それから、氷室先生のことに関しても『体を支えて下さった。』と言い、"全ての男が嫌いなわけではない"と教えてくれているんです…姫野さん自身が。」

なんて観察力なの…。でも嫌じゃない。

「また、相手が女性であっても…芹沢や福原に声を掛けられている時のあなたは、身構えているように見受けられます。日頃の様子からの判断ですが……。これらのことをまとめると、"姫野さんが抱えている問題は実のところ【男性限定】ではなく【対人関係】なのではないか。"という【一つの答え】に辿り着くわけです。」

「工藤さん、すごいですね…。驚きました、よく見ていらっしゃる。あなたの推測そのままです。私が〔営業〕に配属になってまだ2週間なのに、こんなに【見ていて】下さるなんて…。」

「日常のシーンを何気なく見ているだけでも【気づくこと】はたくさんあります。『【相手を見ること】は営業の基本』ですから。……今のところ、チームメンバーが仲裁に入っていて事足りているので私は入っていきませんでしたが、必要なら遠慮なく呼んで下さいね。」

あったかい…。
こんな空気の中にずっと居たいし、これはもう…信用に値します!

工藤さんの微笑みを見て、私もつられるように微笑み返した。

「予想通りの反応で…俺としては安心したよ、工藤。あとは姫野さん次第だが…何かあったら頼むな。」

さすが課長。想定通りでしたか。

「フッ…。ご期待に応えられたようで何よりです、課長。さて…。私が姫野さんにお伝えしたいことはここからなので…話を戻しますね。【対人関係】に苦手意識があるというのは、単にその人の気質という場合と…【過去に経験した良くないこと】が影響している場合がある…と、メディアが伝えているのを度々目にしますし、私自身も自分の経験からそう思います。この2つのうち、あなたがどちらに該当するかは分かりませんが、後者なのだとしたら…“まだまだ付き合いの浅い私”が軽々しく踏み入っていい話題ではない。だから聞きません。ましてや、当たっていると言うなら…なおさらです。」

"私自身も自分の経験からそう思います。"か……。

そう言って工藤さんは…一瞬哀しげに微笑んだ。

はっ…!そんな【こちらまで胸が詰まるような表情】をされるなんて……。

これは【経験者】の表情(かお)だ。

"何か"…あったんですね、工藤さんにも……。

「…姫野さん。あまり"引っぱられすぎ"ないようにね。人のことを思いやれるのは、あなたの長所だけど。…それから。工藤くんも、溜め込みすぎないようにね。“周りの信頼している人間”に、普段から話せているなら心配はしないですが…。」

院長先生、引き戻していただいてありがとうございます。
また他人(ひと)の感情を、もらいすぎるところでした。

「えっと…本条院長?」

工藤さんは"ピンッ!"と来ていない顔している。

無自覚なのね、工藤さん。
ちょっと心配ね…。本条課長は知っているのかな。

院長先生が課長に視線を送ると、彼は静かに頷いている。
あっ、課長は気づいてるみたい…よかった。

「特に困ったことが無ければ構いませんよ。申し訳ありません、私の思い過ごしだったようです。……それはそうと。あなたも以前から変わらず、よく周りを見てますね。息子が頼りにするわけだ。姫野さんも、あなたの言葉で…とても安心したようだし。打ち明けてくれる日も、そう遠くはないかもしれませんね。」

「そうであったなら…光栄ですね。」

工藤さんは院長先生の言葉に…そんな風に返答し、きれいに笑った。

さっきの、"哀しげな笑み"が嘘だったかのように。

「さぁ。押してるし、この後まだまだ回らなきゃならない。もうそろそろ取り掛からないと7時、8時まで残業になるぞ。」

ごもっともです、課長。

「そうですね。…とは言っても、このメンバーなら巻き返しは十分でしょう。」

課長と工藤さんがそんな話を始めたタイミングで、神代先生が"待ってました!"と言わんばかりに口を開いた。

「昴くん、ごめんね。僕のパソコンが【遅い】からちょっと見てほしいんだけど…。」

「もちろん。大丈夫です、拝見しますよ。そのパソコンはどちらに…。」

「今ここには無くて…医局にあるんです。」

「医局ですね。ちなみに、そちらに我々がお邪魔しても問題はありませんか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

「では、すぐにお伺いするとして…。……工藤。」

神代先生との会話が、なんとなく区切れそうなタイミングで課長は工藤さんに声を掛けた。

「はい。」

「俺と観月と津田で、神代先生や他のドクターの…PCの調子見てくる。工藤はここに残って、桜葉と姫野さんと一緒に看護師さんたちのPCのメンテを頼む。」

「了解です、課長。」

「…姫野さん、工藤となら大丈夫そうか?もちろん、会話は【incomily(インカミリィ)】で聞いてるし…院長はあなたと一緒に居るから安心していい。」

課長のお気持ち、受け取りました。
ありがとうございます、私が【男性に慣れるための機会】を作って下さって……。

なんとなく、雰囲気でそんな気がした。

「ありがとうございます、課長。私に【いろんなことを経験する場】を作っていただきまして。工藤さんなら大丈夫です、きっと…。“本条課長が【現場】で一番信頼している工藤さん”なら。それに、“私との接し方を分かって下さっている桜葉さん”も一緒ですから。」

「姫野さん、ありがとう…そんな風に言ってくれて、受け取ってくれて。…俺も、あなたの【努力家で思いやりのある優しいところ】…好きだよ。」

えっ、"好き"って言った?
あっ。だけど、きっとあれね…【褒め言葉】の"好き"ね。
でも、内面褒められたなんて久しぶり…嬉しい。

だけど何だろう…。いつもの"嬉しい"と何かが違う。
包まれてるような…温かくて穏やかな感じ。

「えっ…あ、ありがとうございます。課長。…神代先生、お待ちですから…業務に向かって下さい。」

「そうだな、行ってくる。」

こうして。本条課長、観月くん、津田くんの3人は神代先生と氷室先生と一緒に医局へと向かっていった。
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