男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「新規PCの設置関連業務の同行を工藤に頼みたいんだが…。速水主任。工藤を借りられますか?立花さん的にはどうだ?負担は大きくなりすぎないか?明日、俺に訪問の予定がなければ2人に同行できたんだがな……。」

部長を呼びに行った後、ミーティングルームでそれぞれの予定を確認していく。

「ちなみに、僕と鈴原さんは内勤の予定なのでフロア出られますよ。」

「そういうことですか。チームとしては、支障ないですよ。本条課長。」

「ありがとうございます。鳴海部長、速水主任。…2人は?」

「私も支障はありませんし、本条課長のことです…訪問先から戻られたらお手伝いいただけるでしょうし。」

「俺も予定的には空いてますので出られますが…。観月だけでも事足りると思いますけど…。」

「それがですね――。」と俺にした説明を再度する観月。

「なるほど。…場合によっては、観月1人だと手が足りなくて時間がかかりすぎる可能性があるってことか。分かった、同行するよ。」

「ありがとうございます!工藤さん。」

工藤の返答に、即座に礼を言う観月と姫野さん。

「それにしても、驚いたな。異動後3週間でクライアントが付くとは…。異例の早さですね。さすがは“課長が惚れ込んだ人”だな。」

惚れ込んだって、工藤…お前なぁ。
間違ってはないが、姫野さんの受け取り方によってはセクハラになるぞ。その発言。

「実は、私もそう思ってました。」

「そんなそんな、やめて下さいよ。速水主任に工藤さんまでー!今回はご縁に恵まれただけですし、惚れ込んでるって言うなら私なんかより工藤さんの方なのでは?」

自身もクスッと笑いながら、上手く切り返す姫野さん。
さすがは元重役秘書。この程度は朝飯前か。

「はは。これは一本取られました、姫野さん。でも俺は男に惚れられても嬉しくないので……。」

それはこっちのセリフだ。

「その言葉…。そっくりそのままお前に返すよ、工藤。…とまぁ、それはどうでもいいとして。じゃあ、明日の件は今話した通りで頼む。」

「はい。」

「さて。それじゃあ、速水主任は仕事に戻られるか退勤するかしていただいて構いません。観月と立花さんと工藤は、まだこの場に残って。別件で話がある。鳴海部長と鈴原秘書は…居てもらった方が姫野さん的には安心か。このまま同席していただくとして…。ひとまず〔部長室〕か、その奥の〔応接室〕を借りようか――。」

「重要事項であることは察したし、部屋貸すのも了承するけど…自己完結しすぎだね、“本条くん“。とりあえず"隣"へ移動しようか。」

「はは。すみません、部長。」

こうして、俺たちは速水主任とミーティングルームを出て、隣の〔部長室〕へ移動する。
そして、移動しながら「観月、工藤。明後日、管理職以外の席順は決まっているか?」と確認したりする。

「課長たちの席以外は、特に決めていないですけど…。」

〔部長室〕の奥の〔応接室〕に全員が入って、落ち着いたタイミングで観月が言う。

「何か…懸念されているようなことがあるんですね?」

工藤が状況を掴もうと、慎重に聞いてくる。

「まぁ、そんなところだ。…姫野さん。工藤にあなたの話をするとして、どこまでなら許される?…そもそも工藤に話して良いか?明後日の"姫野さんと津田の歓迎会"、無理強いはしたくないが今回はあなたも主役なだけに『全く参加しなくていい』とは上司としては言いづらい。それと、こんなことは言いたくないが…当日おそらく俺はすぐに助けに行ってやれない。毎年上座からすぐ動けた試しがない…囲まれて、うんざりするんだがな。」

「あっ!そっか!」

俺の言葉で、前に姫野さんから話を聞いた工藤以外のメンバーはピンときたようで、同時に同じ反応をする。

「実は私も…そろそろ相談に行かなければと思っていたところでした。お気遣いありがとうございます、本条課長。……そうですね。工藤さんになら、疾患名と対処法は伝えていただいて構いません。きっと、口外もしないでいて下さると思いますし。先日の〔新宿南総合病院〕の訪問の際に…課長が、あえて工藤さんと一緒に行動する機会を下さったおかげで…思った以上に緊張せずに居られています。」

「そうか。ありがとう、姫野さん。……なら、工藤。」

「はい。」

声をかけると、工藤が俺の方に向き直り…姿勢を正した。

「今から話すことは…"ここに居るメンバー"と…桜葉と津田にしか知らせていない、極秘も極秘の【プラチナ案件】だ。姫野さんの許可なく口外は厳禁で頼む。鈴原秘書、立花さん。必要に応じて姫野さんを支えてやって。」

「【極秘プラチナ】ですか……。承知しました、本条課長。」

「姫野さんのことはお任せ下さい。」

工藤の返事を合図に、この場に居る全員が話を聞く体制を整えた。

「工藤。姫野さんは、現在進行形で〈PTSD〉の治療中なんだ。疾患の原因は〔南総合〕でお前がある程度予測して話していた通りだ。すまないが、俺の口からこれ以上のことは言えない。」

「〈PTSD〉……。なるほど、そういうことだったのか。"Aチーム"のメンバーが少しでも姫野さんに触れるようなことがある場合、必ず声を掛けてから動いていたのは――。まぁ【原因】の見当は――。今の話と、日頃の姫野さんと男性の距離感から…(おおむ)ね付きますね。ご本人に負担になるといけないので、これ以上の発言は控えますが。それを踏まえると、俺への頼みは…差し詰め【姫野さんのボディーガード】といったところでしょう?」

さすがは工藤だな。

「そうだ、話が早くて助かる。」

「じゃあ、俺も…。」

まぁ…姫野さんに気がある観月なら、この反応だろうな。
俺が(そば)に居てやれないのは悔しいが、今回は頼るしかないからな。

「あぁ、観月や立花さんも頼む。大人数での飲み会だ。姫野さんに気を回せる人間は多い方が良い。特に"C"や"D"のオヤジ連中からは絶対死守で頼む。」

姫野さんが一瞬顔を強張らせた。
大丈夫、大丈夫だから安心してろ。

「分かりました、課長。私、姫野さんの隣に張り付いているようにするので安心して下さい。」

そう言った立花さんに姫野さんは顔を綻ばせ、そして工藤が再び口を開く。

「ホント、あの“下心しかないオッサン連中”の思考は…どうにかならないんですかね。セクハラしてることに気づいてない時点で終わってる。…長谷部さん、柳田さん、原田さんは特に気をつけて見ておきます。」

「ホント、“あの人たち”は救いようないよね。彼ら、僕と“本条くん”に敵意剥き出しだしね。…まぁ。理由もなく辞めさせられないから、何かあったらすぐ報告して。」

「承知しました、鳴海部長。」

「頼むな。工藤、観月。……よし、観月は上がっていいぞ。…工藤と立花さんはもう少し。」

「はい、大丈夫です。」

俺の放った一言に観月は少しばかり目を見開いた後、何かを言いたげな雰囲気をみせたが…部長と俺の圧に負け、大人しく〔応接室〕を出ていった。
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