男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
4th Program *“淑女”と“策士”の周囲の人々

26th Data 工藤に頼む極秘業務 ◆昴 side◆

「…そういえば、本条課長。」

全員が〔BM〕に乗り込み、ゆっくりと走行し始めた時…姫野さんから声が掛かった。

「ん?どうした?」

「先ほど、"おもちゃ"を直している時に観月くんたちに仰っていた、"2マイナス"とか"5プラス"って…何のことですか?」

そうか、説明が不十分だったな。姫野さん。

「あぁ、あれはドライバーの太さの話だよ。"5+"って言ったら、"5mmのプラスドライバー"ってことだな。ちなみに、もう少し詳しく言うとしたら… "5+×4"なんて言ったりもする。プラスマイナスの後の"かける"と"数字"は、ドライバーやねじの長さを指すんだ。」

「あぁ、なるほど。…ということは、"5+×4"なら、"ねじ頭プラスの5mm幅で長さ0.4mm"といった感じで理解すれば良いでしょうか?」

「まさにだな。今日も指示として専門用語を数多く飛ばしてしまっていたが、不明なところをそのままにせず聞いてくれてありがとう。」

俺がそう言うと、彼女はふわりと微笑みながらもこう続ける。

「いえ、お礼を言わなければならないのは私の方です。課長。今日はたくさん助けていただいてありがとうございました。特に、寿さんや皆川さんを説き伏せたところなんて…痺れました!それに『ウィルス対策業務は救命救急業務と同じ』というのも心に響きましたし。」

「ほんと、アレはカッコよすぎましたよ!」

「もう、『さすが課長!』って感じですよね。」

「今日は、もう…最初っから“本条課長”っていうより“白薔薇(レディ)を守る騎士(ナイト)”って感じでしたし。『あー。久しぶりに“黒薔薇様”降臨したなー。』って思いましたし。」

「よせよ、桜葉。上司が部下を庇って守るのは当然のことだ。それに、俺はあくまでお前たちが仕事を(さば)きやすいように立ち回っただけだ。日頃からの準備、トークやSEとしてのスキル…【営業として愛されるキャラクター】が、ものをいったんだ。おそらく誰が欠けてもこの時間には引き上げてこれなかっただろう、お前たちがきっちり仕事をしてくれたおかげだ。観月と桜葉はいつも通りお疲れさん。」

「いや。課長こそ、お疲れ様でした!」

観月が労ってくれるようになるなんてな、成長した姿を見れて俺は嬉しいよ。

「フッ、ありがとう。……さて。姫野さんと津田もよくやり切ったし、頑張ったな。お疲れさん。……姫野さん、結構な難癖つけられて悔しかっただろう。10分弱だか…吐き出したいことがあるなら聞くし、リフレッシュするといい。」

「たくさんフォローしていただきありがとうございました、本条課長。」

俺に礼を言ってくる津田に微笑む姫野さんを見て、俺自身が癒されたのは…胸の内に秘めておくとしよう。

「本条課長。数々のフォローや行き帰りの運転、ありがとうございます。"学び"もたくさんありました。次回からも引き続き、精一杯やらせていただきます。私の体調まで…お気遣いありがとうございます。愚痴なんて、とんでもない。私は"Aチーム"が味方でいて下さったら、それで十分ですから。業務を任せて下さってありがとうございます。」

本当に、あなたって人は……。

「“雅姉さん”……。」

姫野さんの言葉に“若手の3人”が反応した後、車内は沈黙に包まれたが…"こんな空気も悪くない"と思えるような、心地良い静けさが広がっていた。

**

「おかえり、みんな。」

「おかえりなさい!」

「おかえりなさい、お疲れ様でした!」

おーぉ。鳴海部長に立花さんに工藤まで…出迎え、熱すぎないか?

出発時と同じように、車のカモフラージュを手伝ってくれた鈴原とともに〔営業部〕に戻れば、3人が駆け寄ってきて姫野さんに視線を投げていた。

よほど彼女が心配だったんだろうな…。
愛されてるな、姫野さん。

「結構長く、子供たちに捕まってましたね。課長。」

「そうか、今日も“おもちゃのお医者さん”は大活躍だったかぁ…。良い仕事してきたね!お疲れ様、みんな。……あぁ。そうだ、14時30分ぐらいに姫野さん宛に[infini(アンフィニ)]の“中瀬様”からお電話がありましたよ。詳細は、あなたのPCに貼ってあります。そして、その後のことは“本条くん”から指示をもらって下さい。」

フッ。中瀬さん、早速か。

「承知いたしました、鳴海部長。メモの内容を確認して、必要があれば今から先方に連絡するようにします。……あっ!それから立花さん。"帯電防止手袋"、貸して下さってありがとうございます。後日、洗濯してお返ししますね。」

「どういたしまして。えっ。いいのに、そんな…。」

「いいえ。お借りした物は綺麗にしてお返ししたいですから。」

「…なら、お言葉に甘えるわね。ありがとう。」

姫野さんと立花さんのそんなやり取りを背中で聞きつつ、鳴海部長と鈴原は〔部長室〕へ戻っていった。


時刻は、午後5時50分――。

さて、もうひと仕事といくか。

そういえば。中瀬さん、今からは…店忙しいのだろうか。
でも、今日は平日だしな……。

そんなことも少し気にして姫野さんの様子も見ながら、俺は速水主任と工藤から不在の間の内勤者の報告と日報の報告を受けた。

「本条課長、お話し中のところ申し訳ありません。“中瀬様”の訪問の件でご相談がありますので…業務報告が終わりましたら、お声かけ下さい。」

「分かった。もうすぐ終わるから、終わり次第すぐ行く。」

**

「姫野さん。待たせて申し訳なかったな。…それで?相談というのは?」

「はい。中瀬様から、訪問予定のご相談がありまして…。『急きょですが、明日の15時以降でお時間があれば…。』とのことでした。なんでも[本業]の方が午後からお休みにできるそうで…私と“観月さん”は内勤予定でしたので、動けるのですが…。“観月さん”から『接続環境のこともあるし、本条課長か工藤さんにも同行していただいた方が良いかもしれません』と提案がありまして…判断に迷いましたので、ご相談した次第です。」

「中瀬様が、そんなに機械に強くないようで…。『設定が済んでいるPCなら、それなりには使えるけど…よく分かっていない部分も多いので…。』と言ってたようです。」

姫野さんの説明に続くように、観月も会話に入ってきた。

「なるほど、事情は分かった。ちょっと待っててくれ。まとめて調整を済ませたいから部長を呼んでくる。……速水主任、立花さん、工藤、帰宅急がれますか?少しご相談があるのでお待ちいただきたいのですが…。」

「いえ。急ぎませんから、大丈夫です。待ってますよ、本条課長。」

3人から了承の返答が聞こえた後、工藤が「ミーティングルームも空いています」と言いながら、入力している様子が見えた。おそらく部屋を取ってくれたのだろう。

「鳴海部長、鈴原秘書。少しお時間よろしいですか?」
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