男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「得意かどうかは分からないですけど…。料理もお菓子作りも好きなんです。……そうですね、だから私が車で迎えに行きます。運転好きなので、それも含めて楽しんでます。」

料理が好き…お菓子作りが好き、運転が好きと語る姫野さんは、本当に楽しんでいるのが伝わってくるぐらいの魅力的な笑顔を見せてくれる。

あー。この笑顔だ。この笑顔を守ってやりたいんだ。
“本来の姫野さん”には笑顔が似合うのを俺は知ってしまったから。
この人の笑顔を見ると、俺まで満たされることに気づいてしまったから。

「本当に仲良いのね、2人は。楽しそう…。」

「…あの、もし迷惑じゃなかったら…立花さんも来ていただけませんか?」

「えっ、私もお邪魔していいの?」

「はい、ぜひ。女子会したいので付き合って下さい。」

「喜んで!…で。何作るか決まってるの?」

立花さんの、この一言以降の会話の展開としては「柚ちゃんは何度か作ってくれているクッキーを振舞ってくれるそうで、私はまだ考えてないです。」と話す2人。
それに対して、俺と(しゅう)以外の“スイーツ男子”たちは「作ってきてほしいです!」なんて図々しいことを言い出す。

“先輩”は鈴原に向けて、ちゃんと【狙い】があった上で言ってるから分かるとして…。
あとの連中は図々しいにも程があるだろう。

それを聞いて立花さんが「それじゃ、誰が主役か分からないじゃない!」と一刀両断。
しかし。それでも諦めない男共を見て、俺と(しゅう)はやれやれと息を吐いた。

そして、この収拾がつかないような展開を収めたのは…中瀬さんが運んできてくれたそれぞれの飲み物と、姉さんからの言葉だった。

「えっと。レモンティーが鈴原さんと立花さん、ストロベリーティーが“なぎちゃん”と姫野さんね。」

「ありがとう(ございます)、(りつ)くん(中瀬さん)。」

「本条さんは【ブラック】、観月くんと桜葉くんと朝日奈さんはビール。堤さんはハイボール、鳴海さんは…【チェイサー】要ります?」

「あっ、お願いします。」

「水と炭酸水、どっちがいい?」

「炭酸で。」

(かしこ)まりました。」

「【チェイサー】って何ですか?」

「アルコール度数の高い酒を飲んだ後や、飲んでいる最中に悪酔いしないように飲む…水や炭酸水のことだ。」

俺が津田の問い掛けに答えると、桜葉が「なんか。水とか…お(ひや)下さい。って言うよりカッコイイですね!“バー初心者”じゃない感じが…。」なんて言うから「そうだな。」と笑って同意してやる。

「……さて。さっきの話だけど…。新一くんが空気を読まずに言ってるなんてことはまず無いし、彼は“狙ってるあの子”に向けて言ったんでしょうから良いとして……。」

(けい)くんと、“若手3人衆”はちょっと落ち着きなさい。『作ってきてほしいです。』って言って、相手からもそれが"可愛い!"って思ってもらえて…そのままのノリで作ってきてくれるのは、どれだけ遅くても大学生までよ。」

立花さんがコクンと頷く。

「社会人は忙しいの。親が家事をやってくれてて、家のことを自分でしなくてもよかった学生の頃とは違うのよ。材料費だってかかるし…。本当に作ってほしいなら、その相手を“恋人”にするぐらいの勢いで口説いて【追いかけ】させなさい。恋人だったら、作ってもらえる可能性は…他の男よりは高いわよ、きっとね…。でも、その前に自分を見てもらう努力を…あなたたちはしてる?」

(けい)と若手の3人は、姉さんの空気感に圧倒されているようだった。

「観月くん。あなたは、さっき昴に対して『なんでそんなに何でもできちゃうんですか!?俺にも下さいよ、その才能。』って言ってたわね。…ねぇ。昴は本当に何の努力も無しに、観月くんの言うように何でもできてると思う?」

「それは……。」

観月が言い淀む。

「昴は、他人に言う前に自分で行動してやってみてるはず。そうじゃないと、あなたたちに示しがつかないし…教えられないから。何が言いたいか分かる?昴は努力してるわ、いろんな面でね。女性にモテるために必要なのは楽器が弾けることじゃない。【自分磨き】よ。自分の得意分野の知識とか精度を上げなさいな。それが、あなたたちそれぞれの【魅力】になるんだから。」

姉さんはいつものように、理論的ではあるが…高圧的にならない、物腰柔らかな口調でそう話す。

「それから…。どうして"自分が今持ってる武器"…【魅力】で、意中の女性に向かっていかないのよ。自分が自信を持って話せる分野、カッコ良く態度で示せる分野を女性に見せてあげれば…【魅力】は十分伝わるわ。何も、相手の土俵で勝負する必要はないのよ。…昴は幼少期に少しと…間はあるけど、高校時代にピアノを弾くのを再開させたからそれが"武器"になっただけの話。もっとも。本人は花純の希望を叶えただけのつもりだったでしょうけど。結果的に、女性陣を【骨抜き】にしたわね。」

それはもういいだろ…。

「女っていうのはね…。【自信】や【余裕】がある男性に惹かれるものよ。もちろん、変なプライドからくる【自信】じゃなくて【誇り】からくる自信の方ね。自信が無いなら、経験を積んで知識といろんな技術を高めなさいな。良い経験の繰り返しは何よりも自信になるわ。」

ここで女性陣からは拍手が起こる。

「私が言いたかったこと全部言ってもらえてスッキリしました。」

「それは良かったわ、立花さん。……さて。どうしてこんな話をしたかっていうとね…。今からの話にも関わってくるからよ。今から姫野さんが話すことに対して、冷静にかつ…彼女を【悪い意味で刺激するキーワード】は…避けて聞いてほしいからなの。今みたいに、思ったことをそのまま口にしたらダメよ。」

姉さんの含みある言い方に一瞬場がピリッとしたものの、「まだ緊張しなーい!」と言われたことによって元の空気感に戻った。

そして姉さんは中瀬さんと同じく、空いてる椅子に置いてあった自分の白衣を羽織ると…彼にこう言った。

「中瀬先生、姫野さんに3分~5分ほど別室で待機していただきたいのですが、お部屋はありますか?」

「はい。ございますよ、白石先生。」

2人とも一瞬で“医者の顔”になったな。

「先生方、私はそちらで待機してれば良いですか?」

「姫野さん、これからあなたが自身の疾患のことを皆さんに話すお手伝いをします。あなたが疾患のことを話している最中に【言ってほしくない言葉】を皆さんに事前にお伝えしておこうと思います。」

「フラッシュバック回避のためですね。ありがとうございます。先ほど中瀬先生にお借りしたお部屋を、再度お借りして良ければ…そちらで待ってます。」

姫野さんも、“渚さん”や“中瀬さん”から……“白石先生”と“中瀬先生”に即座に切り替えている。
どうも、双方が呼び方を変えることで頭を切り替えてるらしいな。

「もちろん。どうぞお使い下さい、姫野さん。」

「ありがとうございます、中瀬先生。あと白石先生、私の実家の事情を話すかどうかは会話の展開をみて必要なら自分で話します。」

「姫野さん?…えっと。確認ですが、あなたのご家族に関することが今日どこかのタイミングで話題に上がるとか、ふと思い出したとか…ありましたか?」

「このお店の食器類……そうですよね?“中瀬マスター”。…そして、おそらく本条課長は食器類を見た瞬間にお気づきになったかと思いますが…。」
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