男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
フッ。自社の商品なんだから把握していても何ら不思議はないが、あなたは普段〔OQF(オー・キュー・エフ)〕のオフィスに居ない身だ。
それにもかかわらず、しっかり把握しているあたり…仕事熱心だし、さすがの振る舞いだな。

「さすが。お気づきですね。」

「…あっ!そういえば、そうね。……ご家族の件は分かりました。」

「それでは、ひとまず私はあちらで待機してます。」

姫野さんはそう告げた後、再び【処置を行なった部屋】へと歩いていく。

「さて。皆さんが座る配置も少し変えてから、話をするとしましょうか。……昴、椅子の移動手伝って。」

「あぁ。」

そして椅子の配置が決まったところで…。
ひとまず姫野さんが居ない状態での、姉さん…もとい姫野さんの主治医による、彼女の持病についての説明が始まる。

「さて、それでは改めまして。[新宿南総合病院]の精神科に勤務しており、姫野 雅さんの担当をしております。白石 渚と申します、よろしくお願いします。ちなみに。今からクライアント…患者の話が終わるまで…皆さんのことは名字でお呼びしますので、よろしくお願いします。…あと、中瀬先生もそのまま…白衣を脱がずに同席をお願いします。」

「分かりました、白石先生。」

「はい。」

姉さんが、主治医として挨拶をしたことによって一気に場がピリッと締まり、中瀬さん以外のメンツは多少の緊張感を滲ませて強張った感じで返事をした。

「それでは本題に入っていきたいと思いますが、お話を始める前に…皆さん全員に【守っていただきたいこと】があります。姫野さんの疾患について…見聞きしたことを第三者に絶対に漏らさないようにして下さい。これからお話する内容は、プライベートな内容であり…極めてデリケートな問題です。守秘義務を守っていただきますよう、よろしくお願いします。」

「はい。」

「はい。全員のしっかりとしたお返事をいただけたので安心しました。……では、始めていきます。姫野さんが5年ほど前から治療しているのは、〈心的外傷後ストレス障害〉または〈PTSD〉とも言われている疾患になります。」

「〈心的外傷後ストレス障害〉?」

「白石先生、間違っていたら訂正をお願いしたいのですが…。確か、災害や事故の経験や目撃で強いショックを受け、それがトラウマになり…ストレス障害になるというものではありませんでしたか?」

姉さんと俺…そして鈴原と中瀬さん以外のメンバーがピンと来ず聞いた病名をオウム返しする中、“鳴海先輩”が確認するように自分の予想している"答え"を口にした。

「さすがは“鳴海さん”。まさにその通りなんです。……災害や事故、【性関連の事件】の経験や目撃などが原因としてよく挙げれます。そして、姫野さんの場合は"性"に関することがトラウマとなり〈PTSD〉を発症しています。」

「"性"に関することがトラウマ……。」

「そうです。」

「いったい何が…。彼女はどんな経験をして――。…聞かない方がいいですね。」

姉さんからの話を受け、(けい)が姫野さんの〈PTSD〉の原因になった出来事を聞きかけて…途中で口を閉ざした。

「“朝日奈さん”。途中で聞くのをやめていただけてよかったです。そう、それは私からお話できることではありません。この後、姫野さんがこの場に来て話せると思ったのなら…自分から話してくれることでしょう。決して、ご本人に無理やり聞くなんてことをしてしまわないようにして下さい。」

「分かりました。」

“鳴海先輩”と(しゅう)がそう言ったのに続いて、あとのメンバーも頷く。

「さて。ここからが、まず【姫野さんを除くメンバー】に先に聞いていただきたかった本題です。この後、姫野さんにここで〈PTSD〉が原因となって起こってしまう蕁麻疹(じんましん)や過呼吸といった症状のこと…。また、それに対する対処法など…たくさんのことをお話ししていただく流れになるでしょう。……過呼吸とは、息を吸いすぎている状態のことを指します。酷い場合は失神することもある発作です。過呼吸の主な原因は…強い不安です。」

姉さんは、ここでいったん言葉を切った。

「これを取り除くために、姫野さんと話をする時に【絶対に本人に向かって言ってはいけない言葉】というものがありますから、それを事前にお伝えしておきます。」

「なるほど。そのワードを別の言葉で言い換えて会話する、ということですね。」

「そういうことです、“鳴海さん”。この【本人に言ってはいけない言葉】を聞いて、想像・連想ができる人なら姫野さんが〈PTSD〉を発症した原因も分かるかもしれません。しかし、本人が口にしていないのなら…【知らないフリ】をして下さい。」

再び全員が頷く。

「それでは、言っていきます。まず【夜の営み】を連想させる言葉はアウトのものが多数あります。【襲う】、【抱かせろ】…――。……あとは【雷】とか…こんなところでしょうか。」

……おいおい、待ってくれよ。
今までの話から考えられる"答え"なんて……
【性犯罪】しかないじゃねぇか…。

"相当酷い体験をしたんだろう。"とは思っていたが――。
まさか、そんな経験をしたなんて――。

周りを見れば――。
立花さんと“鳴海先輩”、(けい)(しゅう)は……俺と同じように表情を歪めて拳を握っている。
この反応を見るに、おそらくこの4人は今の話を聞いて……全てにせよ、一部にせよ、勘づいたのだろう。

姫野さんの身に降りかかった【あまりにもショッキングな出来事】が何なのか……。

中瀬さんは姉さんと同じ精神科医だけあって、見た目は顔色一つ変えずに話を聞いている。
ただ、無関心というわけではなく…【医者】として、俺たちが不安にならないように先ほどまでと変わりなく"この場"に居てくれているような気がしてならない…。

「なぜ?」と聞かれれば、俺が一瞬盗み見た彼の横顔から…【憂い】を感じたからだ。

そして鈴原は、【怒り】と【悲しみ】が混ざっているような複雑な感情を瞳に宿して……俺を見つめていた。

…俺に、何か言いたいことがあるのか?どうした?

まぁ、何にせよ……。
鈴原、お前もつらかったな…。

若手の3人には衝撃が強かったのか…「えっ!?」と短く声を発した後、挙動不審になっていた。

「白石先生、どうしよう…。俺、前に姫野さんに【雷】って言っちゃったことあります…。」

「先生。えっと…違ってたら訂正して下さい。姫野さん、『前の彼氏に【男女の関係】のことも含めて酷いことを言われて、男が苦手になった。』っていうことで合っていますか?…それかストーカー被害に()ったことがあるとか…。」

観月や桜葉にそう問われた姉さんだが、本人たちが安心するように丁寧に言葉を返していた。

「観月さん、大丈夫ですよ。姫野さんから、その時のお話を聞かせていただいてますが…『観月くんは私の様子がおかしいと異変に気づいてくれた後、別の話題をすぐ提供してくれました。』って明るく教えてくれました。ご本人、安心されていましたよ。」
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